先日、「40歳以上でA級経験かつタイトル戦未経験の棋士」を発表したが、今度は「タイトルを獲得したのにA級に昇級できなかった棋士」を調べてみた。
すべてのタイトル戦を第1期から調べた結果、該当者は福崎文吾九段(54)、中村修九段(51)の2名のみだった。
福崎九段は第25期十段奪取(1987年)、第39期王座奪取(1991年)。中村九段は第35期王将奪取(1986年)、翌36期防衛。両者とも堂々のタイトル2期である。しかし順位戦は振るわず(とあえて書く)、最高位がB級1組だった。もっとも竜王ランキング戦では、福崎九段が1組10期、中村九段が1組11期を務めているから、これは両者とも、よほど順位戦に縁がなかったということだ。
両者は現在、順位戦はC級1組とB級2組に在籍している。さすがにこれからA級昇級は無理であろう。
さて、福崎九段といえば、振り飛車穴熊の名手、「妖刀」、「モナリザの微笑み」として有名である。
「妖刀」とは、何が飛び出てくるか分からないその指し手にある。また「モナリザの微笑み」とは、対局中の静かな笑みがモナリザのそれに似ていることから付けられたものであろう。
ちなみに私は中学生のころ、福崎九段に似ていると言われたことがある。
その福崎九段(当時七段)が十段を奪取した第25期十段戦は、相手が米長邦雄十段だった。下馬評では米長十段有利だったが、私はおもしろい戦いになると見ていた。
第1局は相居飛車の将棋から、福崎七段に△7五銀のタダ捨てが出て、福崎七段快勝。
第2局は福崎七段の三間飛車から、相穴熊になった。中盤、福崎七段が▲2二飛成とぶった切って、あとは小駒のみの攻めだが、ここからの手の繋ぎ方が巧妙だった。
ゴチャゴチャやっているうち、福崎七段が後手玉を寄せきった。
第3、4局は米長十段が返し、2勝2敗。次の第5局が天王山の一番となった。この将棋が、「私が選ぶ福崎九段の名局ベスト1」である。
昭和62年12 月9、10日
山形県天童市「滝の湯ホテル」
第25期十段戦七番勝負第5局
先手・十段 米長邦雄
後手・七段 福崎文吾
▲7六歩△3四歩▲2六歩△4四歩▲4八銀△4二銀▲6八玉△5四歩▲7八玉△5二飛▲7八玉△6二玉▲5八金右△7二玉▲3六歩△8二玉▲2五歩△3三角▲4六歩△3二金
▲5七銀△9二香▲3八飛△4三金▲3五歩△同歩▲同飛△3四歩▲3六飛△9一玉▲2四歩△同歩▲3七桂△5三銀▲4五歩△同歩▲3三角成△同桂▲2六飛△3五角
▲2九飛△2二飛▲4九飛△8二銀▲4五桂△同桂▲同飛△4四歩▲4七飛△2五歩▲8八玉△7一金▲9八香△4二金▲4六銀△2四角▲9九玉△3三角▲8八銀△2六歩
▲5五歩△2七歩成▲4三歩△4一金▲5七飛△5五歩▲同銀△3七と▲6六銀△5二歩▲3七飛△2八飛成▲3四飛△1九竜▲3九歩△3二歩▲2三角△3一金▲3六飛△1七竜
▲5六角成△2七竜▲3三飛成△同歩▲7五桂△7四桂▲6五銀△6二銀▲5四角△2八竜▲6三桂成△同銀▲同角成△6一香▲5四馬△6五香▲同馬行△7八銀▲同金△5八竜
▲7九香△5九飛▲7二銀△5四竜▲同馬△同飛成▲7一銀不成△同銀▲6一飛△8二銀打▲6三銀△同竜▲同飛成△4五角▲5二竜△6六歩▲6一飛△7二銀打▲3一飛成△6七歩成
▲同金△同角成▲5八金△8九馬▲同玉△6六桂打▲6七歩△5八桂成▲同竜△6六歩▲6四桂△6一金▲7二桂成△同銀▲5三角△7一金打▲6六歩△同桂▲6八竜△7四桂
▲4四角成△5六歩▲4七金△5八角▲4八金△6七金▲5八金△同金▲7七竜△5七歩成▲4五角△8五桂▲6六馬△7七桂不成▲同馬△4九飛▲2七角△7九飛成▲同銀△6七金
▲4四馬△6八と▲8八銀△7八と▲9九玉△8八と▲同玉△7七銀▲同馬△同金▲同玉△6六角▲6七玉△5七角成▲7八玉△6八金▲8八玉△7七香▲4五角△6六香
まで、180手で福崎七段の勝ち。
福崎七段の中飛車で始まり、いろいろあって、またも相穴熊に落ち着いた。
中盤、▲7一銀不成~▲6一飛としたところで、福崎陣の守りは銀1枚。しかしここから穴熊特有の再構築が始まる。△8二銀打、△6一金、△7一金打と手順に固め、気が付けば福崎陣は、金銀4枚のガチガチになった。
さらに攻めては、△8九馬、△7九飛成と大駒を惜しげもなくブッタ切る。終盤は駒の損得よりスピード第一、風邪はひいても後手引くな、を地で行く好手だ。
最後は△6六馬で、次の△7八香成の両王手が受からず、それまで。盤上は、ほとんど福崎七段の駒になっていた。
福崎七段は、続く第6局も会心の寄せを見せ、見事十段奪取となったのである。
この七番勝負は、福崎将棋の魅力が存分に出ており、今でも語り草となっている。
しかしいいことばかりは続かない。翌年福崎七段は、B級1組から2組へ降級してしまう。
また十段の防衛戦でも、高橋道雄棋王に4連敗し敗退した。また振り飛車穴熊を見たい、というファンの期待には応えてくれず、全局相矢倉だった。
目を瞠る将棋を見せてくれたかと思えば、連敗を重ねて降級する。大豪からタイトルを奪取したかと思えば、それをあっさりと手放す。このムラが福崎九段の魅力でもあったのだが、それゆえに神は、A級昇級を許さなかった。
(つづく)
すべてのタイトル戦を第1期から調べた結果、該当者は福崎文吾九段(54)、中村修九段(51)の2名のみだった。
福崎九段は第25期十段奪取(1987年)、第39期王座奪取(1991年)。中村九段は第35期王将奪取(1986年)、翌36期防衛。両者とも堂々のタイトル2期である。しかし順位戦は振るわず(とあえて書く)、最高位がB級1組だった。もっとも竜王ランキング戦では、福崎九段が1組10期、中村九段が1組11期を務めているから、これは両者とも、よほど順位戦に縁がなかったということだ。
両者は現在、順位戦はC級1組とB級2組に在籍している。さすがにこれからA級昇級は無理であろう。
さて、福崎九段といえば、振り飛車穴熊の名手、「妖刀」、「モナリザの微笑み」として有名である。
「妖刀」とは、何が飛び出てくるか分からないその指し手にある。また「モナリザの微笑み」とは、対局中の静かな笑みがモナリザのそれに似ていることから付けられたものであろう。
ちなみに私は中学生のころ、福崎九段に似ていると言われたことがある。
その福崎九段(当時七段)が十段を奪取した第25期十段戦は、相手が米長邦雄十段だった。下馬評では米長十段有利だったが、私はおもしろい戦いになると見ていた。
第1局は相居飛車の将棋から、福崎七段に△7五銀のタダ捨てが出て、福崎七段快勝。
第2局は福崎七段の三間飛車から、相穴熊になった。中盤、福崎七段が▲2二飛成とぶった切って、あとは小駒のみの攻めだが、ここからの手の繋ぎ方が巧妙だった。
ゴチャゴチャやっているうち、福崎七段が後手玉を寄せきった。
第3、4局は米長十段が返し、2勝2敗。次の第5局が天王山の一番となった。この将棋が、「私が選ぶ福崎九段の名局ベスト1」である。
昭和62年12 月9、10日
山形県天童市「滝の湯ホテル」
第25期十段戦七番勝負第5局
先手・十段 米長邦雄
後手・七段 福崎文吾
▲7六歩△3四歩▲2六歩△4四歩▲4八銀△4二銀▲6八玉△5四歩▲7八玉△5二飛▲7八玉△6二玉▲5八金右△7二玉▲3六歩△8二玉▲2五歩△3三角▲4六歩△3二金
▲5七銀△9二香▲3八飛△4三金▲3五歩△同歩▲同飛△3四歩▲3六飛△9一玉▲2四歩△同歩▲3七桂△5三銀▲4五歩△同歩▲3三角成△同桂▲2六飛△3五角
▲2九飛△2二飛▲4九飛△8二銀▲4五桂△同桂▲同飛△4四歩▲4七飛△2五歩▲8八玉△7一金▲9八香△4二金▲4六銀△2四角▲9九玉△3三角▲8八銀△2六歩
▲5五歩△2七歩成▲4三歩△4一金▲5七飛△5五歩▲同銀△3七と▲6六銀△5二歩▲3七飛△2八飛成▲3四飛△1九竜▲3九歩△3二歩▲2三角△3一金▲3六飛△1七竜
▲5六角成△2七竜▲3三飛成△同歩▲7五桂△7四桂▲6五銀△6二銀▲5四角△2八竜▲6三桂成△同銀▲同角成△6一香▲5四馬△6五香▲同馬行△7八銀▲同金△5八竜
▲7九香△5九飛▲7二銀△5四竜▲同馬△同飛成▲7一銀不成△同銀▲6一飛△8二銀打▲6三銀△同竜▲同飛成△4五角▲5二竜△6六歩▲6一飛△7二銀打▲3一飛成△6七歩成
▲同金△同角成▲5八金△8九馬▲同玉△6六桂打▲6七歩△5八桂成▲同竜△6六歩▲6四桂△6一金▲7二桂成△同銀▲5三角△7一金打▲6六歩△同桂▲6八竜△7四桂
▲4四角成△5六歩▲4七金△5八角▲4八金△6七金▲5八金△同金▲7七竜△5七歩成▲4五角△8五桂▲6六馬△7七桂不成▲同馬△4九飛▲2七角△7九飛成▲同銀△6七金
▲4四馬△6八と▲8八銀△7八と▲9九玉△8八と▲同玉△7七銀▲同馬△同金▲同玉△6六角▲6七玉△5七角成▲7八玉△6八金▲8八玉△7七香▲4五角△6六香
まで、180手で福崎七段の勝ち。
福崎七段の中飛車で始まり、いろいろあって、またも相穴熊に落ち着いた。
中盤、▲7一銀不成~▲6一飛としたところで、福崎陣の守りは銀1枚。しかしここから穴熊特有の再構築が始まる。△8二銀打、△6一金、△7一金打と手順に固め、気が付けば福崎陣は、金銀4枚のガチガチになった。
さらに攻めては、△8九馬、△7九飛成と大駒を惜しげもなくブッタ切る。終盤は駒の損得よりスピード第一、風邪はひいても後手引くな、を地で行く好手だ。
最後は△6六馬で、次の△7八香成の両王手が受からず、それまで。盤上は、ほとんど福崎七段の駒になっていた。
福崎七段は、続く第6局も会心の寄せを見せ、見事十段奪取となったのである。
この七番勝負は、福崎将棋の魅力が存分に出ており、今でも語り草となっている。
しかしいいことばかりは続かない。翌年福崎七段は、B級1組から2組へ降級してしまう。
また十段の防衛戦でも、高橋道雄棋王に4連敗し敗退した。また振り飛車穴熊を見たい、というファンの期待には応えてくれず、全局相矢倉だった。
目を瞠る将棋を見せてくれたかと思えば、連敗を重ねて降級する。大豪からタイトルを奪取したかと思えば、それをあっさりと手放す。このムラが福崎九段の魅力でもあったのだが、それゆえに神は、A級昇級を許さなかった。
(つづく)