午後3時40分、中井広恵女流六段と、渡部愛ツアー女子プロが登場した。両者が抱負を述べ、3時45分、今年最後の大一番が始まった。
先手中井女流六段☗7六歩。ここで後手渡部ツアー女子プロが☖8四歩なら、矢倉でも角換わりでも何でも来て…となるが、☖3四歩。以下渡部ツアー女子プロの誘導で、中座飛車(☖8五飛)となった。
渡部ツアー女子プロが女流棋士になるためには、1dayトーナメントや天河戦、日レス杯で好成績を取り、LPSAが然るべきところへ推薦する必要がある。本局は渡部ツアー女子プロにとって大きな一番だが、それは中井女流六段も同じである。
両者は「第27回・シュバリエカップ」でも決勝戦で当たっているが、このときは相矢倉の熱戦を渡部ツアー女子プロが制している。今回中井女流六段が負けるようだと、「渡部ツアー女子プロを女流棋士に推薦するために、わざと負けたんじゃないか?」と、いらぬ憶測を呼ぶかもしれないからだ。
したがって中井女流六段は、いつも以上に気合を入れ、渡部ツアー女子プロを叩き潰さねばならないのだ。
横歩取りの将棋は、LPSA同士の対局では滅多に出ない。必ずどちらかが飛車を振るからで、定跡最前線を知らないと指しこなせない空中戦に臨む渡部ツアー女子プロは、それだけよく勉強している、ということになる。
解説の阿久津主税七段は、過去の実戦例を引き合いに出し、分かりやすく説く。聞き手の石橋幸緒天河もハキハキして、聞き取りやすい。
渡部ツアー女子プロ、☖6五桂と単騎の桂跳ね。あまり見ない手だが、研究手だろうか。中井女流六段、角を換わったあと、☗5六角とその桂を取りにいく。
これに渡部ツアー女子プロが☖8三角と打ったのが、才能を見せた一手だった。数手後の十字飛車を見せている。中井女流六段、どう指すかと見ていると、☗2五桂と跳ねた。空中戦らしい、華々しい応酬だ。
これからおもしろくなるところである。…というところで、ポカポカした室内で睡魔に襲われ、私はここで意識がなくなってしまった。
うたた寝のあと目が覚める。中井女流六段はともかく、女子高生の真剣勝負で熟睡するとは、何たる不覚か。
15分くらい眠っただろうか。大盤を見ると、中井陣に渡部ツアー女子プロの馬ができていた。さらに後手の持駒は飛、金、銀、歩とある。これは中井女流六段、ヘタをやったようだ。渡部玉にはまだ余裕があり、これは後手の一手勝ちであろう。
☗6八玉に☖7六歩が、玉の逃げ道を塞いで、一歩千金の一手。以下、粘る中井女流六段を渡部ツアー女子プロが綺麗に寄せ切り、嬉しい優勝となった。
感想戦では、中井女流六段が☗9五角を真っ先に悔やんだ。検討ではほかの手でもすでに難しい形勢だったらしいが、この手が精神的に尾を引いたようだから、これが敗着といえるかもしれない。
準決勝は「☖9五角」が勝着だったので、この日の中井女流六段は、「9五」がキーポイントだったことになる。
渡部ツアー女子プロは大きな仕事をしたが、表情に変化は窺えない。なかなかの大物だと思った。
感想戦が終わって、4時45分である。スケジュールでは5時20分に表彰式予定だから、だいぶ時間がある。ここで閉会式に移ってもいいのだが、この日は夜から同所で懇親会(忘年会)があり、あまり早く終わると味が悪いのだ。
そこで石橋天河が提案を出した。阿久津七段と渡部ツアー女子プロの角落ち戦エキシビション(模範試合)である。
阿久津七段はまだギャラ分の仕事をしていないし、渡部ツアー女子プロにも、格好の勉強となる。我々観客も大いに楽しめるし、一石三鳥の名案であった。
小休憩のあと、5時6分、対局開始となった。持ち時間は、阿久津七段が初手から一手30秒。渡部ツアー女子プロは、持ち時間10分、切れたら一手30秒である。
さて角落ちという手合いは難しい。飛車落ちまでは右四間飛車から☗4五歩、という有名な定跡があるが、角落ちまでになると、下手の作戦もさまざまで、構想力が問われる。渡部ツアー女子プロの採った作戦は中飛車だった。
阿久津七段は、☖5三銀☖4三銀、の二枚銀で中央を厚くする。特別な手を指していないのに、なんだかマギレてきた。ここが男性プロの恐ろしいところである。
しかし☖7三桂はどうだったか。石橋天河が
「そう指すもんなんですねえ」
と感心していたが、ここは☖7七歩成とと金を作って、上手十分だったと思う。
戦前中井女流六段が、
「上手は持ち時間がなくても、相手の考慮時間も利用できるし、それほど苦にならない」
と語っていたが、ここで「初手から30秒」のハンデが現われたかもしれない。
ここから渡部ツアー女子プロが持ち直し、上手王に迫る。飛車を取り、敵陣に竜を作り、必勝態勢となった。
しかし阿久津七段は慌てることなく、淡々と指す。その横顔の雰囲気が、V6の岡田准一にそっくりだ。暴漢に襲われても、守ってくれそうである。
阿久津七段、勝手にしろと☖4六歩。そこで渡部ツアー女子プロに☗5四銀!!の鬼手が出た。これは☖同王の一手。そこで☗6三竜が継続の好手だ。取れば☗7三飛以下詰みだから☖4三王。ここで実戦は☗5三竜と王手をしたが、☗5三竜では3五の角で☗5三角成とし、以下空き王手の筋で、敵駒を排除するのがよかったようだ。
本譜は☖3四王と角の頭に上がられ、これで上手王が妙に寄らない。
下手が一息ついた後は、上手が豊富な持駒にモノをいわせ、下手玉を華麗に詰め上げた。終了5時52分。この日一番の熱局を見せてくれた両者に、温かい拍手が送られた。
閉会式。阿久津七段の総括には、渡部ツアー女子プロの強さを讃える言葉があった。これはお世辞ではなく、本音だったと思う。短時間の将棋で、安全勝ちを潔しとせず、鋭く切り込む姿勢には、若いころの谷川浩司九段を彷彿とさせるものがあった。
表彰式のあと、優勝者予想クイズの当選発表があったが、渡部ツアー女子プロの優勝を当てた方は、わずか6名だった。ちょっと数が少ないが、この日のような将棋を指していれば、これから得票もどんどん上がるだろう。
渡部ツアー女子プロ、喜びのコメントが述べられる。
「1DAYトーナメントで優勝できてうれしいです。7月のマイナビ女子オープンでも…」
…とここまで言ったところで、渡部ツアー女子プロが絶句してしまった。棋風改造、5月のマイナビ女子オープン・チャレンジマッチ参戦、7月のマイナビ初戦敗退など、今年の渡部ツアー女子プロは、山あり谷ありの1年だった。そんな思いが去来し、感極まったのだろう。渡部ツアー女子プロの瞳に涙が浮かぶ。そんな彼女に、会場から温かい拍手が送られる。女子高生の涙は史上最強である。つい私も、もらい泣きをしてしまった。
渡部ツアー女子プロは、スポンサーや私たちに感謝の言葉を述べ、見事にスピーチを終えた。
年末のフランボワーズカップといえば、もはや伝説となった、2年前の船戸陽子女流二段が思い浮かぶ。今年は全体的に一方的な将棋が多く、若干の消化不良は否めなかったが、最後の最後で、大きな感動をいただいた。
私はこれからも渡部ツアー女子プロを見守っていこうと、感慨を新たにしたのだった。
先手中井女流六段☗7六歩。ここで後手渡部ツアー女子プロが☖8四歩なら、矢倉でも角換わりでも何でも来て…となるが、☖3四歩。以下渡部ツアー女子プロの誘導で、中座飛車(☖8五飛)となった。
渡部ツアー女子プロが女流棋士になるためには、1dayトーナメントや天河戦、日レス杯で好成績を取り、LPSAが然るべきところへ推薦する必要がある。本局は渡部ツアー女子プロにとって大きな一番だが、それは中井女流六段も同じである。
両者は「第27回・シュバリエカップ」でも決勝戦で当たっているが、このときは相矢倉の熱戦を渡部ツアー女子プロが制している。今回中井女流六段が負けるようだと、「渡部ツアー女子プロを女流棋士に推薦するために、わざと負けたんじゃないか?」と、いらぬ憶測を呼ぶかもしれないからだ。
したがって中井女流六段は、いつも以上に気合を入れ、渡部ツアー女子プロを叩き潰さねばならないのだ。
横歩取りの将棋は、LPSA同士の対局では滅多に出ない。必ずどちらかが飛車を振るからで、定跡最前線を知らないと指しこなせない空中戦に臨む渡部ツアー女子プロは、それだけよく勉強している、ということになる。
解説の阿久津主税七段は、過去の実戦例を引き合いに出し、分かりやすく説く。聞き手の石橋幸緒天河もハキハキして、聞き取りやすい。
渡部ツアー女子プロ、☖6五桂と単騎の桂跳ね。あまり見ない手だが、研究手だろうか。中井女流六段、角を換わったあと、☗5六角とその桂を取りにいく。
これに渡部ツアー女子プロが☖8三角と打ったのが、才能を見せた一手だった。数手後の十字飛車を見せている。中井女流六段、どう指すかと見ていると、☗2五桂と跳ねた。空中戦らしい、華々しい応酬だ。
これからおもしろくなるところである。…というところで、ポカポカした室内で睡魔に襲われ、私はここで意識がなくなってしまった。
うたた寝のあと目が覚める。中井女流六段はともかく、女子高生の真剣勝負で熟睡するとは、何たる不覚か。
15分くらい眠っただろうか。大盤を見ると、中井陣に渡部ツアー女子プロの馬ができていた。さらに後手の持駒は飛、金、銀、歩とある。これは中井女流六段、ヘタをやったようだ。渡部玉にはまだ余裕があり、これは後手の一手勝ちであろう。
☗6八玉に☖7六歩が、玉の逃げ道を塞いで、一歩千金の一手。以下、粘る中井女流六段を渡部ツアー女子プロが綺麗に寄せ切り、嬉しい優勝となった。
感想戦では、中井女流六段が☗9五角を真っ先に悔やんだ。検討ではほかの手でもすでに難しい形勢だったらしいが、この手が精神的に尾を引いたようだから、これが敗着といえるかもしれない。
準決勝は「☖9五角」が勝着だったので、この日の中井女流六段は、「9五」がキーポイントだったことになる。
渡部ツアー女子プロは大きな仕事をしたが、表情に変化は窺えない。なかなかの大物だと思った。
感想戦が終わって、4時45分である。スケジュールでは5時20分に表彰式予定だから、だいぶ時間がある。ここで閉会式に移ってもいいのだが、この日は夜から同所で懇親会(忘年会)があり、あまり早く終わると味が悪いのだ。
そこで石橋天河が提案を出した。阿久津七段と渡部ツアー女子プロの角落ち戦エキシビション(模範試合)である。
阿久津七段はまだギャラ分の仕事をしていないし、渡部ツアー女子プロにも、格好の勉強となる。我々観客も大いに楽しめるし、一石三鳥の名案であった。
小休憩のあと、5時6分、対局開始となった。持ち時間は、阿久津七段が初手から一手30秒。渡部ツアー女子プロは、持ち時間10分、切れたら一手30秒である。
さて角落ちという手合いは難しい。飛車落ちまでは右四間飛車から☗4五歩、という有名な定跡があるが、角落ちまでになると、下手の作戦もさまざまで、構想力が問われる。渡部ツアー女子プロの採った作戦は中飛車だった。
阿久津七段は、☖5三銀☖4三銀、の二枚銀で中央を厚くする。特別な手を指していないのに、なんだかマギレてきた。ここが男性プロの恐ろしいところである。
しかし☖7三桂はどうだったか。石橋天河が
「そう指すもんなんですねえ」
と感心していたが、ここは☖7七歩成とと金を作って、上手十分だったと思う。
戦前中井女流六段が、
「上手は持ち時間がなくても、相手の考慮時間も利用できるし、それほど苦にならない」
と語っていたが、ここで「初手から30秒」のハンデが現われたかもしれない。
ここから渡部ツアー女子プロが持ち直し、上手王に迫る。飛車を取り、敵陣に竜を作り、必勝態勢となった。
しかし阿久津七段は慌てることなく、淡々と指す。その横顔の雰囲気が、V6の岡田准一にそっくりだ。暴漢に襲われても、守ってくれそうである。
阿久津七段、勝手にしろと☖4六歩。そこで渡部ツアー女子プロに☗5四銀!!の鬼手が出た。これは☖同王の一手。そこで☗6三竜が継続の好手だ。取れば☗7三飛以下詰みだから☖4三王。ここで実戦は☗5三竜と王手をしたが、☗5三竜では3五の角で☗5三角成とし、以下空き王手の筋で、敵駒を排除するのがよかったようだ。
本譜は☖3四王と角の頭に上がられ、これで上手王が妙に寄らない。
下手が一息ついた後は、上手が豊富な持駒にモノをいわせ、下手玉を華麗に詰め上げた。終了5時52分。この日一番の熱局を見せてくれた両者に、温かい拍手が送られた。
閉会式。阿久津七段の総括には、渡部ツアー女子プロの強さを讃える言葉があった。これはお世辞ではなく、本音だったと思う。短時間の将棋で、安全勝ちを潔しとせず、鋭く切り込む姿勢には、若いころの谷川浩司九段を彷彿とさせるものがあった。
表彰式のあと、優勝者予想クイズの当選発表があったが、渡部ツアー女子プロの優勝を当てた方は、わずか6名だった。ちょっと数が少ないが、この日のような将棋を指していれば、これから得票もどんどん上がるだろう。
渡部ツアー女子プロ、喜びのコメントが述べられる。
「1DAYトーナメントで優勝できてうれしいです。7月のマイナビ女子オープンでも…」
…とここまで言ったところで、渡部ツアー女子プロが絶句してしまった。棋風改造、5月のマイナビ女子オープン・チャレンジマッチ参戦、7月のマイナビ初戦敗退など、今年の渡部ツアー女子プロは、山あり谷ありの1年だった。そんな思いが去来し、感極まったのだろう。渡部ツアー女子プロの瞳に涙が浮かぶ。そんな彼女に、会場から温かい拍手が送られる。女子高生の涙は史上最強である。つい私も、もらい泣きをしてしまった。
渡部ツアー女子プロは、スポンサーや私たちに感謝の言葉を述べ、見事にスピーチを終えた。
年末のフランボワーズカップといえば、もはや伝説となった、2年前の船戸陽子女流二段が思い浮かぶ。今年は全体的に一方的な将棋が多く、若干の消化不良は否めなかったが、最後の最後で、大きな感動をいただいた。
私はこれからも渡部ツアー女子プロを見守っていこうと、感慨を新たにしたのだった。