かねやんの亜細亜探訪

さすらうサラリーマンが、亜細亜のこと、ロックのこと、その他いろいろ書いてみたいと思ってますが、どうなることやら。

明月院

2013年06月23日 | Kamakura ( Japan )


紫陽花の季節も、佳境。
今日は、休養日のはずだったのだが、あまりの天気の良さに、鎌倉へぶらっと。

最初に訪れたのが明月院。
創建は、1160年と言われるが、1256年に、北条時頼により、最明寺が建立されたのが、お寺としての始まりらしい。
その子の時宗が再興し、その後、足利氏満により、禅興寺として再興され、足利義満の時代には、関東十刹の一位とされたという。明治初年の廃仏毀釈により廃寺となり、明月院のみが残った。
といろいろ歴史はあるが、明月院は、昔から、紫陽花寺として有名だった。
先日訪れた成就院や、長谷寺も、今は、紫陽花で有名だが、私が幼少時代、鎌倉に住んでいたころは、たぶん、まだ紫陽花で有名ではなかった。



朝、9時前に訪れたのにもかかわらず、凄い人だ。
まず、北鎌倉の改札から大渋滞。
でも、押し合いへし合いというほどでもなく、みな笑顔で、すばらしい紫陽花の花々を愛でていた。



方丈前の人だかり。
300円寄付すると中に上がり、奥の庭園を、丸窓から臨むことができる。



普段は、この窓を、外からも覘くことができるのだが、流石に、今日は、凄い人手で、中に上がらないと、この景色は臨めない。
奥には、菖蒲の花が、まだ咲いていた。



長谷寺のように、紫陽花の博物館という感じではないが、それでも、様々な紫陽花が咲き乱れる。



奥の開山堂の奥にあるやぐら。
鎌倉最大級のものという。
元は、1160年に、平治の乱で無くなった当地出身の山ノ内俊道の菩提を弔うために作られたという。明月院の始まりである。
奥には、釈迦如来や、羅漢様が彫り込まれているが、風化が激しい。
手前の宝篋印塔は、中興開基の上杉憲方(のりかた)のお墓と言われている。上杉謙信の祖先という。



花想い地蔵。季節の花が生けられている。
この時期は、もちろん紫陽花。



これは、紫陽花だったのだろうか?



紫陽花の群生。



白磁のように美しい。



ピンクもいい!



リトマス試験紙の色のようだ。
この微妙な色合いも、紫陽花の魅力の一つだろう。

ということで、やっぱり、元祖紫陽花寺は、最高だった。
コメント
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