功名が辻の時間帯は、我が家ではたいてい食事時間だ。ネットおたくの子供たちはあまりテレビを見ない。ゆえに家族そろっての食事時間は共にテレビを囲む団欒の時間でもある。かなり過激な・・
ラッタ君が言った。(これ、息子Aです。)
「毎度、聞いちゃうけれど、これって今どこ?」
―どこって言われても、次は新橋~って言うわけには行かないだろと思いつつ
「次は小牧長久手を経て、秀吉が関白になるところ・・・あたりかな。」
「この知名度のやつが大河張るのは、結構きついよな。」 一豊のことです。
「そうねえ、お馬さんが有名なのに、それは終わっちゃったものねえ。後は、どうやって時代の波に乗っていったかだよね。」
―折りしもその時ブラウン管の中では、一豊が千代と言い争っている。
徳川が攻めてくるか否か。
「情けないやつだ、こいつは、本当に戦さ場を槍もって駈けずり回っているしか能のないやつだったんだな。」とパパさん。
―「徳川殿のような律儀な方がそんなわけがない。」などといっている一豊。
「こいつはさ、50m先しか見ることが出来ないで生きていくタイプだな。」
「分かっているのは千代ばかり。」
「だって、『一豊の妻』と言う、『妻』が有名だから、その前の一豊の名前が残ったようなものなんだからさあ、こんな扱いでいいんじゃない。」
「そう、偉いのは奥さんなんだよね。だけど、歴史が好きだから、これ見てるけど結構ぎりぎりだなあ~。あまりにもこの会話はむかむかする。」
「馬鹿っぷり強調して、後で何かを狙う作戦かも知れないけど、イラつくお人よねえ。」って時々おねえ言葉のラッタ君は食事も終わり退場。「功名が辻」は10分単位で歴史が変わる、運動会ドラマだから、この先を見ない彼は、毎回聞く事になるわけ、「今、どこ」って。
―かわいいよねちゃんが出てきて、喧嘩しないでと言ったとき、喧嘩ではないと取り繕おうとした千代だったが、一豊は、喧嘩だ、しかも父が悪いと言った。
「やっぱり情けないよな。」
「どうして?やっぱり立派ないい人じゃない。」
そう、男と女ではここが見方が違うのかもしれない。同性の目から見ると、彼は愚直で優しすぎる。時にはそれが情けなく映るのかもしれない。だから、我が家の過激な食卓では一豊はボロカスな言い方をされている。ただ、私は自分が悪いと言える男は、優しくて実は強い男だと思っている。だから、千代は思ったことが、あんなにはっきりと言えるのだ。千代は思う存分「千代」でいられる。
だからこそ、千代は何度生まれ変わっても、一豊の妻になりたいなどと言えるのではないだろうか。
今回から、秀次が登場してきた。この成宮君は若々しく涼しげな容貌で、いかにも悲劇の王子にふさわしい感じだ。(悲劇の王子とは言わないけれど。)
功を焦り失策して敗退し、秀吉の怒りをかった秀次を、一豊は必死でかばう。刃の下に身を投げ出して。
ある日一豊は、秀吉に呼ばれて長浜城を賜った。秀次をかばった褒美だと言う。多分、秀吉は何かきっかけさえあれば、一豊に長浜を上げようと思っていたのだと思う。でもそのきっかけを与えたのは、槍働きではなく、庇うという彼の優しさから出た強さだったと思う。(もちろん、秀吉が刀振り上げたのはポーズな訳で、誰かが止める役をしてくれなくては困るわけだよね。一豊はあれやこれや考えないから、その必死さが良かったですよね。)
愚直だ、先が読めないと、いくら攻められても、だからと言って、人は誰かの器を借りては生きてはいけない。自分は自分らしく、自分を極めていけばそこに必ず光が当たるというお話だった・・・・・・・と、思う。
夏休みは、朝から夜まで結構ハードな毎日だ。夜中が私のパソコンでのリフレッシュ時間だったのに、「もう無理~」と言う日が続いた。でも今日は、仕事は完全休業にしたのでなぜか元気だ。でも、完全出遅れなので、いつも以上に私らしく書いてしまったかも。歴史モノなのに歴史の部分が完全にない歴史ドラマの感想・・・
最後にすいません。なんとなく母として気になって。ルート君(息子Bです)も、ちゃんとこの食卓にいますよ。彼は寡黙で、最後にいつも〆の言葉を言うのです。
「このシュウマイ、最後の一個食べちゃっていい?」
ラッタ君が言った。(これ、息子Aです。)
「毎度、聞いちゃうけれど、これって今どこ?」
―どこって言われても、次は新橋~って言うわけには行かないだろと思いつつ
「次は小牧長久手を経て、秀吉が関白になるところ・・・あたりかな。」
「この知名度のやつが大河張るのは、結構きついよな。」 一豊のことです。
「そうねえ、お馬さんが有名なのに、それは終わっちゃったものねえ。後は、どうやって時代の波に乗っていったかだよね。」
―折りしもその時ブラウン管の中では、一豊が千代と言い争っている。
徳川が攻めてくるか否か。
「情けないやつだ、こいつは、本当に戦さ場を槍もって駈けずり回っているしか能のないやつだったんだな。」とパパさん。
―「徳川殿のような律儀な方がそんなわけがない。」などといっている一豊。
「こいつはさ、50m先しか見ることが出来ないで生きていくタイプだな。」
「分かっているのは千代ばかり。」
「だって、『一豊の妻』と言う、『妻』が有名だから、その前の一豊の名前が残ったようなものなんだからさあ、こんな扱いでいいんじゃない。」
「そう、偉いのは奥さんなんだよね。だけど、歴史が好きだから、これ見てるけど結構ぎりぎりだなあ~。あまりにもこの会話はむかむかする。」
「馬鹿っぷり強調して、後で何かを狙う作戦かも知れないけど、イラつくお人よねえ。」って時々おねえ言葉のラッタ君は食事も終わり退場。「功名が辻」は10分単位で歴史が変わる、運動会ドラマだから、この先を見ない彼は、毎回聞く事になるわけ、「今、どこ」って。
―かわいいよねちゃんが出てきて、喧嘩しないでと言ったとき、喧嘩ではないと取り繕おうとした千代だったが、一豊は、喧嘩だ、しかも父が悪いと言った。
「やっぱり情けないよな。」
「どうして?やっぱり立派ないい人じゃない。」
そう、男と女ではここが見方が違うのかもしれない。同性の目から見ると、彼は愚直で優しすぎる。時にはそれが情けなく映るのかもしれない。だから、我が家の過激な食卓では一豊はボロカスな言い方をされている。ただ、私は自分が悪いと言える男は、優しくて実は強い男だと思っている。だから、千代は思ったことが、あんなにはっきりと言えるのだ。千代は思う存分「千代」でいられる。
だからこそ、千代は何度生まれ変わっても、一豊の妻になりたいなどと言えるのではないだろうか。
今回から、秀次が登場してきた。この成宮君は若々しく涼しげな容貌で、いかにも悲劇の王子にふさわしい感じだ。(悲劇の王子とは言わないけれど。)
功を焦り失策して敗退し、秀吉の怒りをかった秀次を、一豊は必死でかばう。刃の下に身を投げ出して。
ある日一豊は、秀吉に呼ばれて長浜城を賜った。秀次をかばった褒美だと言う。多分、秀吉は何かきっかけさえあれば、一豊に長浜を上げようと思っていたのだと思う。でもそのきっかけを与えたのは、槍働きではなく、庇うという彼の優しさから出た強さだったと思う。(もちろん、秀吉が刀振り上げたのはポーズな訳で、誰かが止める役をしてくれなくては困るわけだよね。一豊はあれやこれや考えないから、その必死さが良かったですよね。)
愚直だ、先が読めないと、いくら攻められても、だからと言って、人は誰かの器を借りては生きてはいけない。自分は自分らしく、自分を極めていけばそこに必ず光が当たるというお話だった・・・・・・・と、思う。
夏休みは、朝から夜まで結構ハードな毎日だ。夜中が私のパソコンでのリフレッシュ時間だったのに、「もう無理~」と言う日が続いた。でも今日は、仕事は完全休業にしたのでなぜか元気だ。でも、完全出遅れなので、いつも以上に私らしく書いてしまったかも。歴史モノなのに歴史の部分が完全にない歴史ドラマの感想・・・
最後にすいません。なんとなく母として気になって。ルート君(息子Bです)も、ちゃんとこの食卓にいますよ。彼は寡黙で、最後にいつも〆の言葉を言うのです。
「このシュウマイ、最後の一個食べちゃっていい?」