21日は春分の日でありながら、春の雪が降りました。
この日は横浜の姉と母は、父の墓参りに行ったのですって。
前の土日も後の土日も都合が悪く、この日に行くしかなかったようです。
雪の様子を写メで送ってくれました。
海のない東京より千葉の私の所では、確かに午後ちょっとだけ霙は降りましたが、ほぼ終日雨でした。
姉がこの雪の風景と一緒に送ってくれたのが母の写真。
もうお婆さんだし顔を隠すこともないかと思いつつ、一応隠しました。
ええと・・・・
私が身内馬鹿だって、知ってました~?
「まあ、おかあさん、可愛いじゃない !」って思ったので、^^;
すぐに姉にラインで伝えました。
母は
「まあ、どうしよう。」って言ったのですって。
「可愛い」と言われたから「どうしよう。」って、
なんかそれも含めて可愛いじゃないの。
と、身内馬鹿の私は思います。
先日、私が玉置浩二さんのコンサートに行き横浜の実家に泊まった翌朝の食事。
朝からエビフライ。
あのね、おかあさん。
エビフライが好きなのは妹ちゃんなのよって思ったけれど、
朝から頑張ってくれたのが嬉しかったです。
中が生でなければ、もっとね。
ふと、座っているところの横を見ると、綺麗なノートが見えました。
何かしら、これ。
そうやっていつも何かを物色してしまうのは、私の悪い癖。
まあ、あまり悪い癖とは思ってはいないのですがね。
そのノートは、母の日記帳でした。
「なんだ、日記帳か。」と言って、元に戻そうとしましたが、
ふとそれに付いているインデックスに目が行ってしまいました。
そこには「2016年」「2017年」と言う風に書いてありました。
「おかあさん !
三年日記はこうやって使うんじゃなくてね・・・・」
母は、前からずっと詰めて書いていたのです。
本来の使い方を教えてあげましたが、
すでに日記帳は大方埋まっているし、
まあいいかって、二人で大笑いしました。
ずっとずっと続いている母の日記。
その日は何を書いたと言うのでしょうか。
私は亡くなった父が母の事を
「ママちゃーん」
と呼ぶのが好きでした。
子供たちが大きくなってしまった我が家で
つれあいを「パパ」「ママ」と呼びあうのは、
たぶんその影響です。
もちろん、夫の家は違います。
「母さん」『お父さん』の世界。
夫は両親を
「おふくろ」「おやじ」と言っていました。
だけど夫は結婚する前にほぼ4年、頻繁に我が家に来ていたので
彼もその影響を受けたのではないかしら。
トップ画像は、横浜に住んでいるラッタさんから送ってもらったものです。
「あさ、目が覚めたらこんな風になっていました。もう地球は終わりですね。」
などとほざいていましたが、春の雪は結構ありますよね。
近いところでは、たぶん・・・・
って、その記事は
「春なのに」
2010年には4月に降ったのですね。