森の中の一本の木

想いを過去に飛ばしながら、今を見つめて明日を探しています。とりあえず今日はスマイル
  

月は赤く、森は緑  ⑤

2008-10-30 16:18:21 | 詩、小説

 「月は赤く、森は緑     」の続きです。

 

 おいらが車に乗り込んだ途端に、男が戻ってくる気配がした。ところが男はドアを申し訳程度に開けると何かを放り込んで、中も見ずに鍵をかけ車を発車させてしまった。ドアが締まると、車の中は真っ暗だった。でも、おいらは体にくっついている懐中電灯の、今にも電池が切れそうなかぼそい光でそれを映し出してみた。

男が放り投げたものは、大きな網だった。

その網を見ていたら、おいらはどんどん腹が立っていった。押さえきれないような怒りを、おいらはかろうじて押さえ込んでいた。

 

 車はどんどん走っていく。たぶん夜明けは来たのに違いないが、この車の中に光は入ってこない。だから、おいらは車の中で静かにしていたよ。その時おいらは暇なものだから、ようやくカラスが本当に言いたかったことがわかったんだ。

たぶん、カラスはおいらに手があるうちに、ブチ猫を埋めてやれと言いたかったのに違いない。だけどさっきまで息をしていたブチ猫を埋めるなんて、おいらには思いもよらないことだった。

だけど、あのまま横たわる猫はどうなってしまうのだろう。それに、もしもおいらがあの木に戻れなかったなら、魂のないあの木は、どうなってしまうのだろう。

おいらは仕方がないと、静かに思う。
森には、おいらのようにゴミの下敷きになってしまって芽も出せない種も多数ある。せっかく育っていても大木の傍に芽を出したばかりに、日が当たらず枯れていく若木だっている。おいらはその中の一本になっただけ。ちょっと寂しい事だけど、諦めよう。

だけど、ブチ猫は・・・・。

またも手元にある網に手が触れると、おいらはとうとう怒りを抑えられなくなって唸り声を上げた。

「クワアアーン!!」

それはちょうど車が止まったときと同時だった。

男が運転台から降りて、後ろに回ってくる気配がした。
「なんだい、今の音は。だいたい車がやけに重かったし、変なことばっかりだ。」と、ドアの鍵を開けながら男が独り言を言っているのが聞こえた。

男がドアを開けたその時、朝のというより昼近くの眩しい光が車の中にさーっと差し込んで、グワアと立ち上がったおいらの体をガラガラと崩していった。それらのゴミは車の中で総崩れ。こんなにあったのかと言う位の分量で、そいつが雪崩のように、男の上に落ちていき、男はゴミの下敷きになってしまった。

 

その後男がどうしたのか、心配してあげたくてもおいらには分からない。だって、あっという間においらの意識は空高く、雲の上空まで飛んでしまったから。

    

 

空の上から、おいらの意識がはるか下の風景を見てみるが、まるで見覚えがないので心細い。あちらこちらの森は見えるが、何処においらの森があるのか分からない。何処もかしこも懐かしい緑の森たちではあるが。

風が吹いてきた。

おいらは何処にもいけなくて、このまま空高くに意識が吹き飛ばされてしまうに違いない。

風が雲を飛ばしている。

ちぎれていく雲。

どんどん雲はちぎれていく。

そしてまた、新しい形を作っていく。

おいらは・・・・、おいらの意識は目を見張った。

 雲は真っ白い少女の姿に変わっていった。そういえば、前においらが意識だけで飛ばされそうになったとき、風が白い少女の姿を見せてくれたように思った。でもそれは一瞬で、まるで鉛筆書きの線のようなものだったんだ。おいらが鉛筆書きをなぜ知っているかなんて、野暮なことは言いなさんな。種を明かせば、ガラクタモンスターのときのおいらの指の一本は鉛筆だったからなんだけどね。

 だけど今度は雲がぎゅうぎゅう集まって、まるで本当にそこに少女がいるみたいだった。

少女は優しく手招きをする。おいらは嬉しくて手招きする方に飛んでいく。

 

おいらの意識は思ったよ。こんなに美しい少女は見たことがない。なんて綺麗な人なんだろう。何処までも何処までもおいらはついて行きたかったよ。

 

 だけど雲の少女は立ち止まり、そっと指で足元を指し示し、その唇を動かした。もちろん声はしない。おいらの意識はその唇をゆっくり読んだ。

― ア ・ タ ・ イ ・ ワ ・ コ ・ コ ・ ヨ ・

えっと思った途端に雲の少女は、風に消えていってしまった。その時、足元の森は遙か下にあったのに、なぜかおいらは、おいらのひょろひょろの木と、そこに横たわるブチ猫がはっきりと見えたんだよ。

      

   

 

「ハッ!」と、思わずおいらは声を出した。
カラスは言った。
「よっ、お帰り。若くなってなってしまっただんな。無事に戻れて良かったですねぇ。だけど、もう昼ですよ。えらく時間がかかったもんだ。」

 

            月は赤く、森は緑 ⑥ に続く


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