森の中の一本の木

想いを過去に飛ばしながら、今を見つめて明日を探しています。とりあえず今日はスマイル
  

108日/100日/92日

2023-10-02 10:44:52 | 梢は歌う(日記)

今年の中秋の名月は9月29日でしたね。でも私の地域では曇り空で見ることは叶わず。

だけど翌日の30日、午後11時頃にたまたまベランダに出てみたら、空には月が輝いていたのです。

地上でのイベントは、たいがいは人間が決めたようなものですから、月は言っているんじゃないかしら。

関係ないよ、私は私って。

 

月の近くに見える点も星で、あれは土星かしら。(追:木星らしいですね。)

綺麗な月を見られると、何か得した気分になれるのはなぜかしら。

 

ところで9月15日、私はふと今年の残りの日数は何日なのかと考えてみました。

「108日 !?」

私は仏教徒の日本人なので、この「108」と言う数字に、何か意味があるような気が思わずしてしまったのでした。

日々煩悩を昇華させて生きていく・・・・・?

 

あらっ、「日々煩悩を滅しながら生きていく。」とでも言うと思いましたか?

まさか~。

ご僧侶ではないんですからね。

 

じゃあ、2023年の残りの日々をどのように生きて行こうかと考えているうちに、またも日々は過ぎ、

9月23日、もうちょっと明確な目しょうを立てようと、またも残りの日々は何日かと考えてみたら、なんとジャスト「100日 !!」

またも単純な私は思います。ふと思いついた日がジャストの日だったのは意味があるんじゃないかと。

この108日から100日の間に、何をしてきたかを書き出してみました。

・来年のピアノの目標を立てて、新しい楽譜を貰ってきた。

・陶芸は二つの作品をどうにか仕上げて、毎日その湯飲みでお茶を楽しんでいる。

・映画は、(この時まではまだ1本ですが)映画館で「ミステリーという勿れ」を見てきた。

・お芝居もwowowで放送された「帰ってきたマイブラザー」を観た。

・お片付けは、かつてはラッタさんの部屋で、今は私の部屋のゴミ捨てをして、ごみ袋2つ分と紙ごみひとくくりを捨てた。

他にもその8日間の間には、

・義母の家に行って、お茶してきた。

・お友達とお茶。

なんかがあったわけですが、メモを書き出した時にスルーしてしまいました。ご飯を食べたみたいな日常だからかもしれません。

 

「なーんか不満足」に感じました。物足りなく感じたのです。

その時のメモ書きの横に書いた走り書き。

「欲張らずにシンプルに生きようと思うことは大事なことだけれど、現に今、欲張ってしまっているんだから仕方がない。楽しくニコニコとどん欲に生きよう。

いつかカタツムリのようにしか動けなくなる日が来るかもしれないから。」

 

今その走り書きを読んで、私は思いました。

シニアと言う言葉のくくりに入れられてしまった昨今、その生き方はかなり正しいなと。

ただそのどん欲に生きると言う中には「何もしないでグーたらする」と言う最高に贅沢な日を時々差し込むのも大事なことですよね。

 

10月1日。

2023年残りの日々は92日。

お友達に「カウントダウンを早くも始めたのね。」と言われましたが、それはそうでもありそうではないような気がします。

ただボーっと、毎日を楽しい楽しいと生きていると、私の場合、あっという間に12月31日になってしまっているような気がするからです。

 

小さなことでも目標を立てる、または今を意識すると言うことは、あくまでも私にとってですが、大事なことだと思っているのです。

 

画像の下にも文章が少々続きます。

長いよ~と思われる方は、するするっと

 

 

 

で、9月15日、私は友人の家で、二人の友が次の音楽イベントのための打ち合わせをしているのを待っていました。その後にランチに行く予定だったからです。

凄いなぁ、子供時からスキルを磨いてきた人は違うなぁと感心しつつ、打ち合わせの音の調べに酔っていました。だけど専門用語も飛び交っていて、ふと私は眠りの中。

私の夢は「一炊の夢」どころではありません。

たぶん「VIVANT」に影響され過ぎなのだと思います。私は砂漠を彷徨って冒険の旅に。だけどオアシスを求めて迷ってしまったキャラバンの一行の一人です。

まったく目的地につかず、阿部ちゃん風の男が(やっぱり「VIVANT」だわ。)、

「ババア、ちゃんと案内しろよ !!」と怒鳴り、案内人のいかにも怪しいオババが

「ひゃひゃひゃ、罠にはまったな。」と言っているところで、お友達から声がかかりました。

私が退屈をしていると思い、声をかけてくれたのです。

「これ、どう思う?」

「あっ、ごめん。今ちょっと砂漠に行っていたので、分からないや。」

 

お友達たち、ありがとう。この変な人の友達でいてくれて^^

 

「らんまん」が終わって、万太郎の妻の生きざまに私は深い感慨を覚えました。何も砂漠に行かなくても、人生の旅は続き、そして冒険の旅は出来るのですよね。必死に生きていくことによって。


この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 素敵な朝をありがとう「らん... | トップ | 9月の4枚《夏の終わりの線... »
最新の画像もっと見る

梢は歌う(日記)」カテゴリの最新記事