森の中の一本の木

想いを過去に飛ばしながら、今を見つめて明日を探しています。とりあえず今日はスマイル
  

年末・年始の右往左往

2023-01-03 15:58:07 | 梢は歌う(日記)

上の画像は、やはり31日に横浜から帰って来る時に、車窓から撮ったものです。

線路は続き、道は続き、そして川も続く・・・・・。

なんでもないような風景ですが、好きなシーンです。

昨年、と申しましても数日前ですが、このブログ内では12月は28日で〆てしまいましたので、それ以降は「1月」の出来事と言う括りにしちゃえって事で年末からの日記です。

 

31日の日には横浜の実家に行きましたが、30日は、夫殿の兄が夕食会に誘ってくれたので行きました。

本当は年末の「お食事会」でしたが、そこに今年は息子を先に無くしてしまった義母を励ます会のような意味合いがあると聞いて、わざわざラッタさんを横浜から呼んで行きました。何とはなしに、あまりそれは関係がなかったように感じましたが、義母にはささやかなプレゼントを渡しました。

 

それから義兄にもお酒をプレゼントしました。

お食事会が無くても、彼には日頃からお世話になっていて何か贈りたいと思っていたので、ちょうどいい機会があって良かったと思いました。

 

 

義母へのプレゼント義兄へのプレゼントに、それぞれのエピソードがあって、なんか「学び」AND「心が左右に揺れる」と言う感じで、やはり私にとって血族ではない親族の付き合いは疲れるのでした。

ただ彼らの話の中に、なかなか侮れないようなものがありました。

 

本当ならばこの日の前日の29日は、もうひとりの義兄の四十九日でした。

だけどコロナ禍でもあり、また感染数が増えているから内々でやるとの連絡が入って、私たちは呼ばれませんでした。

メチャクチャな本音を言うと、行かないで済んで良かったと思いました。もとよりこの四十九日には私の子供たちには声を掛けない予定でした。私自身もあまり行きたくはなかったのですが、もちろん声を掛けられたら行く予定でした。コロナだとか感染者数増加って理由は、どうせ詭弁、言い訳だと私は思いましたが、お断りの電話が入って私的にはメデタシメデタシ・・・・・

だけどここまでの流れで、何か気がつかれた方はいらっしゃいますか?

私は気がつくのに、2・3日もかかってしまいました。

ふと「あれっ?」と思ったのです。

「内々」の中に、なぜ義母と義兄そして夫が含まれないのって。

 

心優しいラッタさんは善意の解釈。

四十九日は、間も空いてないから来る方も大変だと思って、配慮したんじゃないのかと・・・・。

いや、そう言うものじゃないんじゃないかと思うのです。

四十九日は、逆に間の空いてない遺族たちにとっては、心のけじめをつけて行く大事な儀式だと思います。

自分の子どもや兄弟の、その儀式からはじかれてしまうなんて・・・!

なんかモヤリますよね。

 

だけどその気持ちは置いておいて、私は四十九日にとお花を贈ったんです。ちょっと私的には奮発して少々大きめのアレンジメントにしたのですが、どうもこのお食事会でのみんなの話を聞いていると、義姉はなんと「捨てない族」のお仲間みたい。それも私なんかの比じゃなくて・・・。

ヤバい!

置くところあったかしら !?

でもお礼のお電話で、とっても彼女が喜んでくれたので、実は私も凄く嬉しかったのです。

なんかいろいろとモヤル気持ちもあるけれど、喜んでいただけると、やっぱり嬉しいものなんですよね。

 

そしてもう一つ、ああ、そうかと思った事。

先に子供の方が亡くなるという事は、本当に大変な事だと思います。

親は生きているのですから、そのお連れ合いは少し気を利かせ、親の家の仏壇の分の写真などを用意すべきという事なんですね。

お母さんの家の仏壇に飾る写真がないと義兄が言いました。それで私が1日の朝からしたお仕事は、写真のトリミングで、それをその後写真屋さんに持って行って印刷し、フレームを買って姑の家にお届けしたのです。

31日は横浜に行ったわけですが、そちらの話をまた書くと長くなりそうなので、今はスルーです。

 

そう言えば、モラージュ柏ではミスタードーナツの福袋を買い求める人たちが長蛇の列をなしていました。

気になったけれど、並ぶのはパスしました。

「並ぶのは」って書いたけれど、福袋は興味がないわけではないけれど、結局何も欲しいものも無くて何も買いませんでした。

   珈琲館でモーニング。

結局1日は、お雑煮と八幡巻を夜に食べました。質素だけれど美味しかったので満足しました。

 

2日の日は姑の家に行って、私たち家族と義母で食事を共にしました。

お写真が全く美しくない微妙なものになってしまったのは、お節が二日目の物だったからなんですね。

三段重の美しい外側だけ撮れば良かったかしら。

このお重は、京都の何々の料亭の(あまりちゃんと聞いてない)もので4万近くしたものらしいです。(そこもあまり興味がない。)

でも確かにいろいろと美味しかったです。ああ、そうか。ふーん、そうなんだと、なんとなく味を噛みしめながら頂きました。

この家でお節などを見るようになったのは、昨年からで、それは義兄が歳を取った義母の為に買い出したものなんですね。なんとなく雑に残ってるのは、大きさ的に、私たちの分も入ってるからなんだと思います(写真的にはどうよってなもんですが(^_^;))

だけどメインはしゃぶしゃぶで、お肉が美味しかったけれど、一枚一枚が大きくてあっと言う間にお腹がいっぱいになってしまいました。

私は基本、飲まない人なのですが、恵比寿ビールが凄く美味しくてまったく酔わなかったです。

 

そう言えば昨年はどうだったかなと振り返ってみると・・・・

こちらは食べる前に撮ったので、綺麗だしゴージャス。これでも凄いなと思ったのですが、私はどちらかと言うと姑が作ったなますやくろ豆ばかり食べていたように思います。

 

思うに義兄は、家族全体を想っている本当の長男さんなんだと思います。

お酒1本じゃ足りないような気持ちになって来たので、次にお会いした時には、深く頭を下げておこうと思いました。

 

そして3日の今日ですが、お昼にららぽーとの「みさき」に行きました。29日の日のプレゼントの買い出しに膝が壊れている私と、腰痛のルート君でヨロヨロ行ったわけですが、その時このお店に入ろうとすると、人が並んでいた事もありますが、どうもルート君はお値段で遠慮してしまったみたいなんです。たくさん食べますからね。

で、てんぷらにしたのですが、上の画像、肝心のてんぷらが無いですよね。揚げたてを持ってきてくれるので、撮り忘れてしまったのですね。

ブログ書く人としてはどうなのってな感じですが、少々ヤル気がないのかも(^_^;)

 

それはともかく、回転寿司ではあっても、結構美味しいなと思えるお店だったので、ルート君には遠慮せずに食べてもらいたいなと思い、三人でランチにやってきました。

私が頂いた分です。やっぱりグルメブログはヤル気がないのが見え見え。エンガワ、ご飯にのせなさいよと写真撮る時から思っていたけれど、直さなかった(笑)

その後45分間自由行動で解散。カフェで待ち合わせをしました。

私はその間に、セーターを一枚、夕食のおかずと明日のパンを買いました。

3人で夫一押しのベルギーチョコココアを頂きました。

甘くて美味しい・・・。

 

だけど

「お口の中がココア味で浸食されてる~ !!」

「さっきのお寿司の記憶がココア味で消されていく~ !!」などととんでもない事を言いながら、帰途に就いたのでした。

 

お正月は喪中なので無いわけですが、それでも私の三が日と言う休日はこれにて終了です。

 

お食事メインで書きましたが、書いてない部分は主にゴミ捨てなどをしながら録画消化です。

今のところ、「なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか。」と「イエロージャケッツ」「相棒」は見ました。

またドドドとドラマブログになるかもしれません。

 

 

 

 

 

 

 


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2023年を愛したい。

2023-01-01 04:06:28 | 梢は歌う(日記)

2023年、新しい年が明けました。

昨年中は、皆さまのご訪問、ありがとうございました。また今年もよろしくお願いいたします。

そして更にこの新しい一年が、皆さまにとって、善き一年になりますようにとお祈りいたします。

 

例年と違って、今年は喪中なので新年の集まりもなかったのですが、代わりに年末に実家に家族で行きました。

それに合わせて妹の名都さんもやって来て、蝶子さんの息子君も一人帰って来て、なにげに賑やかな31日のランチ会になりました。

 

「なんだか2022年はろくでもない年だったわ。」と私は言いました。続けて

―だから2023年は、良い年に絶対にしたいわ。―と言うつもりでしたが、蝶子さんが、その言葉の前に

「本当だよ。スノウさんが死んじゃったんだから。」と言ったのです。

あまりにもドライな直球な言葉に、思わずワッと泣きそうになりましたがこらえました。だけど母が追い打ちを掛けるように

「蝶子さんの姉妹はこれで全員集合かい?」と言いました。

 

―蝶子さんの姉妹って、あなたの娘って事じゃないの!? ―

と母の言い方に、首を傾げたくなりましたが、母はまた何か納得がいかないかのように、同じ事を聞いてきました。

「蝶子さんの姉妹はこれだけかい ?」

しかし私たちはなんとなく母の気持ちが分かるような気がしていました。

 

3人集まっても、何か少人数のような気がして寂しいのです。

「ひとりいなくなっても、10人いなくなったような気がしてしまう。」と蝶子さんが言いました。

確かにスノウさんは賑やかな人でした。でも寂しいのはそれだけではないのよね。

 

「でも世の中には、一人っ子や二人姉妹の人も大勢いるじゃない。最初から一人や二人よ。」

「本当に。」となんだかしみじみと3人で頷き合いました。

 

だけど私は、この時ちょっと昔の事を思い出していました。家族6人が全員で集まっても「たったこれだけしかいない。」と感じたあの時を。

それは「家族の頂点」と言う記事に書いたことです。

 

「寂しい。他の部屋にもいるんじゃないか。」と言った他の部屋は、これから出会う家族たちのいる部屋、未来だったのじゃないかと言う話です。

でも今の寂しさはそれとは違います。

私たちはその寂しさを受け入れて、今、傍に居る縁した人たちを大事に生きていかなければなりません。

 

母は今年90歳になります。

お祝いしようと姉は張り切っています。

そして来年のお正月は、また楽しい賑やかなお正月を復活させようと私は思いました。

 

新しい年が明ける時、いつも希望がそこにあると思うのです。

この一年を愛して丁寧に大事に生きていきたいと思います。

ああ、そうですよ、そうです。

この年を、「新しい戦前」になんか絶対にしてはダメなんですよね。

 

また指を折って歌など詠んでみました。

 

「良き年に  必ずすると 決意する  

   笑って生きる  それだけだけど」

 

 

 

画像は全て、帰りの車窓から。


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