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黒と茶色のブーツを出してクリームを塗ってブラッシング、磨きをかけた。
高校生の頃、日曜日には通学用の靴をやはりこうして手入れしていたことを思い出す。たいていは父の革靴もいっしょに、きれいに磨いておいてあげた。そんなことを思っていたら、向田邦子の『父の詫び状』の一節が浮かびクックック、クスッ。
向田さんのお父さんは当時、保険会社の地方支店長をしていたらしく、ある雪の晩、宴会帰りらしい客を連れて帰ってきた。いつも客の靴を揃えるのが小学生の頃からの役目だったようで、その日も湿った靴の中に新聞紙を丸めて詰めていたのだが、つい客の人数を父親にたずねた。すると、いきなり「馬鹿」と怒鳴られ、「お前は何のために靴を揃えているんだ。片足のお客様がいると思っているのか」と。それで、「あ、なるほどと思った」。
思い出したのは、こんな文章が出てくるからだった。読んだとき、この父親の言葉に思わず噴いた。
父と靴と娘。私にもこんな名セリフ?の一つでも父にあればエッセイにするのに、父は「ありがとう」と言うだけだった。
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トレッキングシューズの履き心地を確かめようと、1時間ほど歩いてみた。時雨れるかと思えば薄日が差す。川べりの電光表示板は11度、風で帽子が吹き飛ばされそうで冷たいけれど、さすが体はぽかぽかしてきて、足元もまずまずと言えそう。