
朝方は昨夜からの雪もかなり積もっていましたが、日差しも出始めて、雪解けの水が道路の端を歩く頭にぽっつん!
今日は、光田和伸先生の『おくの細道』の補講日でした。
140日ほど費やした旅の費用は、今に換算して約300-500万円ほど。それを負担したスポンサーは、水戸藩3に対して大垣藩が7かとお話でした。ゴールは大垣です。曾良は伊達藩の内情を調べるという仕事も終えて、体調の回復を待って一足先に大垣へ。曾良と分かれた芭蕉は加賀から越前の国に入り、今日は永平寺、福井、敦賀と旅してきました。旅の真実に迫る講座のゴールももうすぐです。
てんこ盛りを嫌い、最小限のもので読者に提供する工夫。無駄を省く。しかし、潤いが無くならないように歌枕など多く引用した漢文調の文体がテンポよくて、その意味ではとても気に入った段でした。和漢の数多い文学作品を背景にしたり、引用の豊かさなど、素晴らしい教養人なのだと改めて痛感する芭蕉です。

終了後は京都御苑を蛤御門へと抜けるように歩いてみました。雪大文字を見てみたかったからです。
雪大文字に千切りを炊く匂い
西野文代さんにこんな一句があります。厳しく冷え込む雪の日の夕餉のおかずなのでしょうか。狭い路地(?)のどこからか切り干し大根を炊く、あの独特な匂いが漂ってくると想像するのも、つつましやかでも温かな生活が好ましいです。
平らに刈って平地のようになっているので
そこに雪が積もったのですか?
芭蕉は高齢になってから旅(東北)に出たことを以前知りました。
お伴の曽良には別の任務もあったのですね。
大垣藩の支援は分かりますが、
水戸藩は何か縁があったのでしょうか?
教養人には援助を惜しまない水戸藩なのかも?
「月日は百代の過客にして・・・・」
厳しい旅を行く芭蕉師弟の画像が浮かんできます。
俳聖と呼ばれるに相応しい芭蕉ですね。
そこに降った雪が残っているのですね。
写真は縮小してしまいましたが、「大」の火床がはっきりと雪の中に見えています。
なんとも幅広い文学通(?)、すごいもんだと感心させられます。
水戸は徳川御三家の一つ、曾良の仕事の邪魔にならないように、曾良を守っての旅は光圀と俳諧の宗匠としての芭蕉との結びつきがあるようですね。
先日は飯山の雪降りの様子をテレビで見ました。
降ってもこうした雪大文字の様を楽しめるくらいですからケタ違いですね。
「勉強家」などとは違うのですよね…。文学が好きなだけです。
そして視野が広がる光田先生の幅のある講義がとても楽しいのです。
文学は時代の中にある、そう思うと、もうすこし歴史を、作品の背景となる時代の生活を知りたいなあと興味もわきます。
マーヤンさんがこつこつと俳句の勉強を積み重ねられるのと同じかもしれません。
奇をてらわず何気ない普通の暮らしの中から
生まれてくる句を詠みたい!
ことしの私の目標です。
小説も全く違うジャンルへの挑戦!
こんなことを考えてます。
いろいろな可能性を試してみたいですね。挑戦してみたいですよね。
楽しみのタネをたくさん持って、積み重ねたいと思いますよね。
「そうしたものがやがて一つになるから」と励まされたのは力になっています。
「弾み心」も大切。心弾まぬ時は「さからわず」なんですね…。