2月13日 続き
ジェイソン・ハーバーから戻り、遅い昼食を食べているうちに船はグリトヴィッケンの沖に停泊した。
ここも1902年に捕鯨基地が作られたところ。
赤錆びた建物が並んでいるところは廃棄されたストロムネスとそっくりだが
ここと地続きのキング・エドワード・ポイントにはサウス・ジョージアでほとんど唯一人間が住んでいる。
イギリスの南極調査研究施設があるためで、その他に3人、お役人がいる。
もうさんざん島には上陸しているが、ここでそのお役人による入国審査があり、それが終わるまではグリトヴィッケンに行けないので、その間に島の環境保護活動をしている Heritage Trust という団体からプレゼンテーションと寄付のお願いがある。
隔絶された環境のサウス・ジョージアとはいえ、捕鯨の盛んだった時代に外来生物や植物が持ち込まれ、今はそれを元に戻そうと、特にネズミとトナカイの駆除に尽力しているとか。トナカイは食料として持ち込まれた動物の内、唯一この島で繁殖してしまったもの、ネズミは船に乗っていたもので、在来植物や鳥の卵を食べてしまうのが問題らしい。
やがて入国審査が終わるとパスポートにハンコが押され、立派な島のガイドブックももらえた。
オットセイとペンギンが向かい合う島の紋章がかわいい。
16時になってようやくボートで上陸開始。
まず全員で集合したのは墓地。ほとんどノルウェー人の鯨獲りの墓だが、
ここにサー・アーネスト・シャクルトンの墓があり、彼の右腕だったフランク・ワイルドも分骨されてここに眠っている。
シャクルトンの好きだったウィスキーで彼の偉業に乾杯し、お墓に酒をかける。
墓の正面には我らが船が停泊し
左手には捕鯨基地、右手の浜にはオットセイやアザラシ、ペンギンが遊ぶ風景はシャクルトンにふさわしい気がする。
お墓参りが済んだらグリトヴィッケンの観光。
ガイドのお姉さんはスコットランドの大学生。Heritage Trust に応募し、選抜されてここに来ているらしいが、できたら来シーズンも来たいとか。夏の人口は30人、冬には研究者と役人の10人ほどしか人がいないが、観光シーズンには60隻ほど船が来るし、特にクリスマス頃は週に10隻も入港して忙しいんだそうだ。
このガイドさんに先導されて浜を歩けば
オットセイよりずっとおとなしいゾウアザラシのメスがゴロゴロ。
打ち捨てられたボートや捕鯨船があり
赤錆びた鯨のや鯨油の貯蔵タンクが残っている。
作業員宿舎や売店だった建物はかわいいが、鯨油しか獲らなかった時代には肉は浜辺に捨てられたままだったとか、お湯が出ないので体を洗うには水しかなく、寒いので当然誰もそんなことをしなかったとか、「昔のこの島のにおいを想像してみてください」って、いや~!
そんななか、売店でよく売れたのはオーデコロンだったそうだが、それはこの基地を最初に運営していたノルウェー人が飲酒を禁じたためだそうで、「におい消しではなく、みんな飲んじゃったんです」とガイドさんは説明がうまい。
支配人の家だった建物は現在は博物館になっている。
シャクルトンの展示や
捕鯨の説明。鯨油は欧米では街灯を灯すのにも使われていたなんて初めて知ったが、そのためにどれだけ殺したんだか。
しかしここの捕鯨基地を最後(1963~65年)に使ったのは日本水産だったそうで、日本語の捕獲簿まで展示されている。こんなところまで来て仕事していた日本人がいたとは、ご苦労様。お肉は給食でおいしくいただきました。
この博物館には立派な売店まであって、Tシャツや本などなかなかの品ぞろえ。売り子のお兄さんがスコットランドのキルトを履いていた姿、写真を撮らせてもらえばよかった。なんで履いているのかと聞いたら、「ここの気候にピッタリだろ?」だって。
隣の建物にはシャクルトンが救助を求めて乗ってきたボートのレプリカが展示されているが、こんなボートに5人で乗り組み、荒海を16日間、1300キロも航海したなんて。
しかもこんな装備で。改めてすごいと思う。
最後は捕鯨基地のはずれにある教会。1913年にノルウェー人によって建てられたそうだが現在も現役で、望めばここで結婚式を挙げることもできるとか。
滞在は3時間だったが、この島にもっといたいと言うお姉ちゃんの気持ちがちょっとはわからんでもないグリトヴィッケンだった。
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ジェイソン・ハーバーから戻り、遅い昼食を食べているうちに船はグリトヴィッケンの沖に停泊した。
ここも1902年に捕鯨基地が作られたところ。
赤錆びた建物が並んでいるところは廃棄されたストロムネスとそっくりだが
ここと地続きのキング・エドワード・ポイントにはサウス・ジョージアでほとんど唯一人間が住んでいる。
イギリスの南極調査研究施設があるためで、その他に3人、お役人がいる。
もうさんざん島には上陸しているが、ここでそのお役人による入国審査があり、それが終わるまではグリトヴィッケンに行けないので、その間に島の環境保護活動をしている Heritage Trust という団体からプレゼンテーションと寄付のお願いがある。
隔絶された環境のサウス・ジョージアとはいえ、捕鯨の盛んだった時代に外来生物や植物が持ち込まれ、今はそれを元に戻そうと、特にネズミとトナカイの駆除に尽力しているとか。トナカイは食料として持ち込まれた動物の内、唯一この島で繁殖してしまったもの、ネズミは船に乗っていたもので、在来植物や鳥の卵を食べてしまうのが問題らしい。
やがて入国審査が終わるとパスポートにハンコが押され、立派な島のガイドブックももらえた。
オットセイとペンギンが向かい合う島の紋章がかわいい。
16時になってようやくボートで上陸開始。
まず全員で集合したのは墓地。ほとんどノルウェー人の鯨獲りの墓だが、
ここにサー・アーネスト・シャクルトンの墓があり、彼の右腕だったフランク・ワイルドも分骨されてここに眠っている。
シャクルトンの好きだったウィスキーで彼の偉業に乾杯し、お墓に酒をかける。
墓の正面には我らが船が停泊し
左手には捕鯨基地、右手の浜にはオットセイやアザラシ、ペンギンが遊ぶ風景はシャクルトンにふさわしい気がする。
お墓参りが済んだらグリトヴィッケンの観光。
ガイドのお姉さんはスコットランドの大学生。Heritage Trust に応募し、選抜されてここに来ているらしいが、できたら来シーズンも来たいとか。夏の人口は30人、冬には研究者と役人の10人ほどしか人がいないが、観光シーズンには60隻ほど船が来るし、特にクリスマス頃は週に10隻も入港して忙しいんだそうだ。
このガイドさんに先導されて浜を歩けば
オットセイよりずっとおとなしいゾウアザラシのメスがゴロゴロ。
打ち捨てられたボートや捕鯨船があり
赤錆びた鯨のや鯨油の貯蔵タンクが残っている。
作業員宿舎や売店だった建物はかわいいが、鯨油しか獲らなかった時代には肉は浜辺に捨てられたままだったとか、お湯が出ないので体を洗うには水しかなく、寒いので当然誰もそんなことをしなかったとか、「昔のこの島のにおいを想像してみてください」って、いや~!
そんななか、売店でよく売れたのはオーデコロンだったそうだが、それはこの基地を最初に運営していたノルウェー人が飲酒を禁じたためだそうで、「におい消しではなく、みんな飲んじゃったんです」とガイドさんは説明がうまい。
支配人の家だった建物は現在は博物館になっている。
シャクルトンの展示や
捕鯨の説明。鯨油は欧米では街灯を灯すのにも使われていたなんて初めて知ったが、そのためにどれだけ殺したんだか。
しかしここの捕鯨基地を最後(1963~65年)に使ったのは日本水産だったそうで、日本語の捕獲簿まで展示されている。こんなところまで来て仕事していた日本人がいたとは、ご苦労様。お肉は給食でおいしくいただきました。
この博物館には立派な売店まであって、Tシャツや本などなかなかの品ぞろえ。売り子のお兄さんがスコットランドのキルトを履いていた姿、写真を撮らせてもらえばよかった。なんで履いているのかと聞いたら、「ここの気候にピッタリだろ?」だって。
隣の建物にはシャクルトンが救助を求めて乗ってきたボートのレプリカが展示されているが、こんなボートに5人で乗り組み、荒海を16日間、1300キロも航海したなんて。
しかもこんな装備で。改めてすごいと思う。
最後は捕鯨基地のはずれにある教会。1913年にノルウェー人によって建てられたそうだが現在も現役で、望めばここで結婚式を挙げることもできるとか。
滞在は3時間だったが、この島にもっといたいと言うお姉ちゃんの気持ちがちょっとはわからんでもないグリトヴィッケンだった。
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