Kindleでモームの全作品集を買った所、自伝が2冊入っていた。
1冊は邦訳も出ている「サミング・アップ」
1937年、モームが63歳の時に書かれたもので、一応書きたいものは書いた、この後に書くものはおまけのようなものだなんて言っていて、ほぼこの年齢になってしまった自分としてはもうそういう年まわりなのかと感慨深いが、実はモーム先生、この後30年も生きている。
自叙伝とは言え内容は作劇論、文学論などが多くて、前半生に関しては「人間の絆」がほぼ自伝であったとわかる程度。一度の結婚については「不愉快なことには触れたくない」の一言で片付け、一番興味のあった第一次大戦中の諜報活動に関しても多くは語られなくて肩透かし。
こちらのスケベ心をモーム先生に見透かされているようにも思うが、ロシア革命中の失敗した工作についてだけは「あと数ヶ月早ければ成功していたかもしれない」というくだりが真偽のほどはともかく面白い。
全作品集のもう1冊は「Strictly Personal」といって、こちらは邦訳もなければ原書ももはやアマゾンでも入手できないよう。
しかし1941年に書かれたこちらが面白くて、デジタルの全作品集以外で読めないのはもったいないほど。
内容は1939年の第二次世界大戦勃発時のモームのまさに「個人的経験」。
イタリア国境に近い南仏に住んでいたモーム先生だが、彼にして戦争の勃発は直前まで実感していなかったし、それ以上にフランスが早々にドイツに降伏するとは思ってもいなかったらしい。
興味深いのは開戦と同時に周囲の状況が一変してしまうことで、それまで一緒に働いていたイタリア人をフランス人の親方が「開戦したら殺してやる」などと言い出すなど、恐ろしいがこれは現代でもおそらく同じだろう。
深刻度は段違いだろうが世界中を巻き込んだ危機という意味では現在の新型コロナの流行には世界大戦と共通するものがたくさんあるように思う。これを今読めたのはタイムリーだった。
元諜報員の自叙伝ではもう1冊、昨年末に亡くなったジョン・ル・カレの「地下道の鳩」。
これは2016年、ル・カレ85歳の時の回想録だが、こちらには「差しさわりのない範囲で」元諜報員としての経験や思いが綴られていて、小説は複雑でシリアスなものが多いがこちらはユーモアもあって面白い。
イギリスはおかしな国で、元諜報員が小説を書き、しかも超一流の作家になってしまうなんて他にあるだろうか。
現在は新聞にまで求人広告が出るらしい(笑)が、昔のMI5やMI6はケンブリッジやオックスフォードのエリートにこっそり近づいてリクルートをしていたそうなのでそのあたりに原因があるのかもしれない。
もっともル・カレ先生によるとモームの諜報員としての実績は大したことがなくて、「英国諜報員アシェンデン」(これもすごく面白い)はチャーチルの忠告でかなりの部分削られて出版されたとか。
もう一人の元諜報員作家、グレアム・グリーンの「ハバナの男」が実は最もやばい内容で、彼は守秘義務違反で訴追される寸前だったらしい。
このグリーンのスパイ小説、ル・カレの詐欺師だった父親がモデルと言う「パーフェクト・スパイ」、それにスマイリー三部作の続編「スパイたちの遺産」と読みたいものがまた増えてしまった。
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