Luntaの小さい旅、大きい旅

ちょっとそこからヒマラヤの奥地まで

初めての諏訪 4 諏訪大社下社

2021-10-17 12:19:12 | 国内旅行

10月6日

宿をチェックアウトして中山道を先へ行く。
 
普通の民家が続く中、伏見屋という江戸末期に建てられた家の中が見学できるようになっているので上がらせていただいた。
するとすぐにボランティアらしきおば様が現れて案内してくださる。
 
この家は20年ほど前まで居住者がいたとのこと。その後昔の通りに修復したそうで、主人の部屋以外は天井がとても低い。
細かい彫刻は諏訪大社の職人の手になるものとか、岡本太郎のおかげで有名になった万治の石仏は昔は川遊びの後に抱き付いて暖を取ったものだったとか、おば様の話は面白い。

この少し先には古い龍の口から湧き水が出ている所があって、その横には長い石段がある。
 
この上にあるお寺がお勧めだと観光案内所のおじさんが強力プッシュしていたので126段を上がる。
  
 美しく苔むした道の先に山門のある白華山慈雲寺。
 
 こちらは臨済宗のお寺だそうだが小さな石庭のあるお堂は想像していたよりずっと大きくて立派。お勤めの音が境内に響いて、ここは確かに来る価値がある。

境内を出た所から下諏訪の町と諏訪湖が一望できるのもお勧めの理由だろう。

石段を下りて少し行けばすぐに諏訪大社下社の春宮。
 
この辺りではマンホールの蓋も御柱祭。

 
手前に大きなしめ縄の飾られた神楽殿、その後ろが幣拝殿。四隅にはもちろん御柱が立つ。
 
上社に比べてたくさんの彫刻で飾られて派手な幣拝殿はこの後行く秋宮と同じ設計図を元に2つのチームが競い合ったものとか。こちらは先ほど行った慈雲寺の山門を作った棟梁が手掛けたものとのこと。

 春宮の鳥居を出てまっすぐ行くと道路の真ん中に下馬橋というものがあり、ここからまた中山道に戻り、お世話になった宿の前を通って秋宮へ向かう。

途中でまた寄り道。明治の初めに建てられた元旅籠屋の宿場街道資料館。
  
  
この2階にある資料室が思いのほか充実していて
 
江戸時代の宿場でどんな食事が出されたのかとか、京都から江戸への降嫁の途中、この宿に寄った和宮の一行の様子とか。また幕末、この諏訪で最後を迎えた水戸天狗党の話など思わず読みふけってしまって、時間をかけて下りて行ったら係のおじさんに「そんなに詳しく見てくれたんですか、うれしいなあ」と感激されてしまった。

 この建物を通り抜けて裏に出ればすぐに秋宮の鳥居。
これで諏訪大社の四宮はコンプリートだが、4つのうちでここが一番立派。
 
神楽殿の正面のしめ縄は出雲大社並みに大きく
  
 
幣拝殿の彫刻は春宮とどこがどう違っているのか、詳しく比べれば面白そうだ。

と、こちらの境内を出た所で気が付いた。
春宮の近くにある有名な万治の石仏、寄るのを忘れた。


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コメント (2)
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