Luntaの小さい旅、大きい旅

ちょっとそこからヒマラヤの奥地まで

春の佐渡 6 南部観光

2022-05-20 12:19:34 | 国内旅行

5月3日

今日も朝から快晴。

やっと海がきれいな青に見える。

早朝5時からもう結構な数の入浴客でにぎわう温泉に入り、レストランで朝食。
 
例によってビニール手袋をして取り分けるビュッフェだけれど、佐渡の郷土料理がちょっとある。
いごねりは福岡のおきゅうとに似た海草を固めたもの。甘口醤油であえてあるので食べやすい。アラメもちょっと硬くて歯ごたえのある海草だ。

8時にホテルを出発して、今日は島の南部の観光。
まずやってきたのは大膳神社。
 
小さな村社でお社もごく地味なものだが
 
とても立派な茅葺きの能舞台があって、今でも地元の人たちによって薪能が上演されているとか。
佐渡は世阿弥が流された所だけれど、ここでお能が発達したのは江戸時代の佐渡奉行などが能好きだったためらしい。

ガイド氏の説明を聞きながらそばにあったの石碑の縁起を読んでいると、なんとここには日野資朝が祀られているとある。日野資朝とは後醍醐天皇に仕えて鎌倉幕府に対するクーデターをたくらみ、露見して佐渡に流され、ここで処刑されてしまった公家。ここに来る直前に吉川英治の「私本太平記」を読み終わったばかりだったので思わず興奮。

次にはすぐそばの妙宣寺へ。
  

こちらはやはりこの島に流された日蓮ゆかりの寺で、立派な五重塔があるのだが
 ここには日野資朝の墓があり、そのすぐ脇に父親に会いに来た息子が隠れたとされる穴がある。ほんの少し前まで日野資朝の名前も知らなかったが、これもご縁と手を合わせておいた。

ちなみに日蓮の方は、ガイド氏によると理屈っぽくて島では不人気だったらしい。そのためか今でもこの島に日蓮宗のお寺は少ないとか。

この後は柿の木畑の中を通って島の西南端の宿根木へ。
 
今日は海も穏やかで、このエリア名物のたらい舟も今日なら大丈夫そう。

しかし我々の目的はたらい舟ではなく、風除けの向こうの宿根木集落の見学。
  
  
狭い路地が何本も走る両側に板壁の家が密集しているのだが、この集落は今も現役、つまりほとんどの家は実際に人が生活しているので、洗濯物が干してあったり、素敵な郵便受けがあったりする。
  
  
 
統一感のある集落は美しく
 
一番奥にあるお寺の境内も苔むしてとてもいい。

  
普通は漆喰壁が見える蔵もここでは板壁に囲われていて、これは潮風から壁を守るためらしいが、
 大膳神社の蔵も板壁になっていた。

宿根木は元々船大工や廻船主が多く住む集落で、舟板を無駄にしないためにこのような板壁になったとのことだが、佐渡を回ると他のもっと新しい家々も外壁がほとんど板壁になっている。
 
これも海辺の生活のためだろうか。


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コメント
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