ニッポンの経済学部 - 「名物教授」と「サラリーマン予備軍」の実力 (中公新書ラクレ) | |
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中央公論新社 |
我が国の経済学部の状況に、研究、教育の両面から切りこんだ、「ニッポンの経済学部 - 「名物教授」と「サラリーマン予備軍」の実力 」(橘木俊詔:中公新書ラクレ)。著者の橘木氏は、小樽商科大から大阪大学の大学院に進み、ジョンズ・ホプキンス大学でPh.Dを取得後、京都大学教授、同志社大学教授を歴任し、現在は京都大学名誉教授、京都女子大学客員教授だということである。
本書によれば、日本の大学の経済学部は、「もっとも勉強しない学部」と言われているようだ。著者は、その理由として、経済学部の授業は、大教室での一斉講義が殆どだということをあげている。たしかに、示されているデータを見る限り、学生数と教員数の比率は、文学部よりはかなり大きい。著者は、マンモス教育が可能なため、学生にとっては非効率な教育になっていることが、経済学部の学生が勉強しないことの原因の一つであるという。本当にそうだろうか。
私は工学部の出身だが、そこでも、私らのころは、本書で著者が理想としているような対話型の授業なんて殆どなかった。工学部や文学部と違い、経済学部は、学部の中でバリエーションが少ない。例えば工学部の電気工学科と化学工学科、文学部の日本文学科と哲学科などを思い浮かべてみればれば良い。これらは、同じ学部ながら、殆ど別物の学問である。しかし、経済学部の場合は、それほどの差異はないのではないか。だから大量教育がやりやすいことは確かだ。しかし、教えられないと勉強しないというのは、大学生のあり方としてどうだろうか。最近は、こんな受動的な学生についての話を、経済学部に限らずよく聞く。良くも悪くも、日本が豊かになりすぎて、学生にハングリー精神がなくなっているということだろうか。
ところで、意外だったのは、マル経なんて、ソ連の崩壊以来、すっかり滅んだと思っていたのだが。今でも、立命館や大阪市立大では勢いがあるという。その昔、「貧乏物語」の作者としても有名だった、マル経学者の京都大学教授・河上肇が、当局から目を付けられて辞任に追い込まれたことに端を発しているらしい。この関係で彼の弟子筋が、両大学に移ったために、今でもマル経が盛んだと言うのである。しかしそれも1928年(昭和3)の事件だというのだから、まるで博物館のように、大切に保存されていたということだろうか。
著者は、近年のケインズの復権に併せて、「マルクス経済学もまた復活する可能性があると思われます」(p57)と述べている。確かに、昔は石を投げればマル経学者に当たるような時代もあった。しかしマルクス経済学は、ソ連という壮大な実験の結果、その負の面が露見してしまった。人々が歴史に学ぶ限り、そして、あの時代に懲りている限りは、二度と復権はあり得ないし、復権させてはいけないと思う。
それにしても、本書に出てくる日本の経済学者には、知らない名前が多い。私が知っているのは、昨年亡くなられた宇沢弘文さんくらいだ。外国の経済学者には聞いたことがある名前が多いのに比べて少し寂しい気がする。この辺りにも、まだ日本人にノーベル経済学賞受賞者が出ない理由が透けて見えそうだ。著者は、ノーベル賞受賞者が出ない理由として、英語で論文を書くことの不利など5項目をあげているが、きっとそれだけではないだろう。戦後、マル経がはびこったために、日本の経済学者が世界的な業績を残せなかったということも一因だと思う。その一方で、近経の分野からは、宇沢さんのような世界的な学者が出ているのだから。
また、本書にも触れられているが、多くの私学では、文系学部に分類されている経済学部の入試には数学が課せられない。これは、数学を課すと偏差値が低くなるうえに、受験生からも敬遠されるからだそうだ。しかし、現代の経済学は、数学を駆使するのである。ここに、日本人に、ノーベル賞受賞者がいないのは、数学が出来る人間が少ないからだというもう一つの理由が窺える。数学を使えばいいというものでもないが、世界で今何が研究の中心かが理解できないようでは、話にならない。いっそ、経済学部は、工学部にでも組み込んだらどうかと思ってしまう。
上に、マル経のことをかなり辛辣に書いたが、同様に近経の市場原理主義も危険だということを指摘しておきたい。どちらにしても、一種のイデオロギーなのだ。特定のイデオロギーに縛られての発言には注意が必要である。確か、有名な女性経済学者のジョーン・ロビンソンが言ったことと思うが、「経済学を学ぶ目的は経済学者に騙されないようにするため」なのだ。これから経済学を学ぼうとする方には、ぜひ批判的な目から、各学説を学んでほしいものである。また、数学の得意な理系分野を学んだ方も、老後の趣味で経済学を勉強してみるのもかっこいいと思う。
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