曇、16度、87% 福岡
春彼岸を過ぎた頃でした。4月に入っていたかもしれません。私のブログにひとつのコメントが入っていました。私の実家の菩提寺、福岡の萬行寺のお寺の身内の方からでした。
昨年の10月、萬行寺の「とら」が亡くなったことを知らせてくださったのもこの方でした。お会いしたこともありませんが、その後も、私などが知らない「とら」の話を知らせてくださいました。このひと月、この「とら」のお墓のことを思っていました。「とら」が亡くなっても、父母の墓参りには行きます。門をくぐって裏の墓地に向かう時、いつも「とらちゃーん」と声を出して歩いた本堂の前は、伏し目がちに小走りで歩いていました。大きな「とら」がゆっくりと寝ていた辺、「とら」の姿が心に浮かびます。
いつもは、お寺の門が閉まるぎりぎりに滑り込んでいた私ですが、昨日は朝一番、社務所の方も、お寺の墓番のおじさんも、「あれ、今日は早いねえ」と声をかけてくれます。父母の墓に行く前に、社務所のおじさんにとらのお墓の場所を教えてもらいました。本堂のすぐ前、植え込みの中にとらのお墓はありました。
「とら」が亡くなると、お寺の方達でここに葬ったそうです。そして、「とら」といつも寄り添うように一緒にいたチビのお墓もすぐ横にありました。
植え込みの中、失礼して入って、久しぶりに、「とらちゃん」と声を出しました。大きな大きな「とら」は最後に会った時には小さくなっていました。永年、体を煩っていました。会う度に体が小さくなりました。大きな猫でしたから、お腹の辺が落ち込んだ様は、いやが上にも目立ちます。お寺を後にするときはいつも、これが最後かもしれないと心に思います。最後に会ったのは、私の母の納骨の日でした。弱り切っていましたから、待合室に入れてもらって、その横には蚊取り線香が付いていました。もう頭もあげることが出来ない状態、哀れで触ってやることが出来ませんでした。
墓石に手を置いたまま、私の心は、あの最後の日の蚊取り線香の煙を思い出していました。フワッと空気に消えて行くような煙です。沢山の人に好かれて大事にされた「とら」です。また、ここに来ると会えるね、とらちゃん。