蝶になりたい

いくつになっても、モラトリアム人生。
迷っているうちに、枯れる時期を過ぎてもまだ夢を見る・・・。

八方美人には、なれない

2012-06-27 | わたし
わたしが、なにも考えずに、自分の小説に、
恐れ多くも、ぺたっと貼っていた「純文学」というものは、スゴイことだったんだ。
ご親切に、教えてくださる方がいないと、わたしは、大恥をさらしたまんま、
銀座の大通りを、シャンゼリゼ大通りを、裸で堂々と歩いているところだった。

でも、実際、あまり、今回は、恥を恥と受け止めていない。
なぜかというと、わたしは、あまり小説に気合を入れていないからだ。

もともと、小説の先生(先輩)から、そそのかされて書き始めたものだし、
そもそも小説を読んだこともない人間が書けるなどとは、まったく思っていないので。
自分を守ろうとして言っているのではない。
ほんとに、ほんとなのだ。

ほんとに、今となれば、たんに、ブログのネタと成り下がっている。
ネタと成り下がっているものは、フランス語もそうだし、けっこう、ある。
つまり、気合を入れたフリをして、自分にハッパをかけるのだが、いまいち、ぱっとしない。
それをブログで、チャラかして、紛らわそうとする。
卑怯な手段だ。
(あ、でも、フランス語は、ほんとにほんとに、まったく、ぜんぜん、気合が入っていない。
ポーズに、すぎない)

第一、インテリが、まわりにいない。
理系のインテリもどきなら、ばらぱらといるかも知れないが、文系の芸術系インテリは、ひとりもいない。
文系もいることはいるが、芸術系ではなく、実務に従事する系。
膨大な数字やらデータやら、書類やら、信用やら実績やら取引やら、そっち系。
芸術を理解するような輩は、ひとりも、猫の一匹も(例えが、おかしい)、いない。

こう言って、自分を正当化して開き直る。
(どこをどうすれば、これが、どう正当化しているのか、よくわからないが)

ま、なにしろ、あんまり深く考えてないので、ひとに指摘されると、いともすんなり変える。
純文学の看板は、下ろしました。
(ほんとうは、小説の看板ごと、下ろしたいです)

小説を甘く見ているから、ほら見たことか、と、姿なき姿から、声なき声が聞こえる。
刃なき刃に、どこを刺されるわけでも、切りつけられるわけでもないが、
傷跡のない、血の出ない、見た目はなにも変わらない、日常どおり、
だが、突然の内臓圧迫で死亡。

おまえなんか、わけもわかっとらんと、このど田舎もんめ、
赤いほっぺに風呂敷包み、ここは大東京、上京して、きょろきょろ、
わあ、スカイツリー、高いなあ。(ちなみに、モロゾフのスカイツリー チョコは、悪くないです)
人口3000人の田舎とは違うんだぞ。

恥を通り越して3周ぐらいして、また入り口近くで、引き続き、懲りずに何食わぬ顔で続編を書くことだろう。

恥なんか、走っているうちに、汗といっしょに流れ出てしまう(・・・のは、わたしだけ?)



はなしは、まったく変わるが・・・

ちょっと個人的に、掲示板として使わせていただきます。
個人宛のメッセージです。

わたしの小説ブログにお越しいただいた、とある、特定リアル知人の方へ
いつも(かどうかは知りませんが)、この蝶ブログをお読みになっておられたのですね。
つまらないブログに、お越しいただいていたようで、ありがとうございます。

連絡が以前はありましたが、ある時、このブログをお教えした途端、すっかり途絶えましたね。
わたしのホンネは、さぞや気分の悪いものだったのでしょう。
ブログは、こういうことがあるので、弱ります。
多くの不特定多数の人や、少人数の実際に知っている人、
そういう方々の目にさらされる、ということを知った上でのブログです。

ま、趣味の一環なので、あまり深くシリアスに考えてないですが。
あれも、これも、完璧な満足を目指すと、なにもできないので。
そこのところ、いい加減なわたしです。ご了承くださいませ。



ちょっと、リアル人のリアルな動きがわかると、微妙な気分にはなる。
ひとりひとりの、すべてのひとのご機嫌をとって、ブログを書くと、
オフィシャルブログみたいになって、そりゃ、プライベートじゃなくて、仕事の世界だ。
しかたないんで、人間関係、ねじれたまんまで、行きましょう。

「あ、これ、わたしのことだ」とお思いの方、数名いたりして。
そんなにたくさんのリアル知人に、このブログを教えてはいないはずだけれど。

いいことも、よくないことも、いろいろあるってことだ。




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