蝶になりたい

いくつになっても、モラトリアム人生。
迷っているうちに、枯れる時期を過ぎてもまだ夢を見る・・・。

みなさん、お先に失礼します

2012-08-12 | 日々のこと

昨日は、中学の同窓会だった。
卒業以来、もう何度も3年毎ぐらいに開催されているが、わたしは、おそらく、パーフェクト出席だろう。
同じ日に、高校の同窓会とも重なっていたが、躊躇なく、中学を選んだ。

今回は、あまりノリがなく、出欠はがきを出さずにほっていたら、お世話係のMちゃんから、電話がかかってきた。
「もしもし、Mです」
そう第一声を聞いたとたん、
「行きます。参加します」と、いきなり言って、Mちゃんを苦笑させてしまった。

誰にも、好みはあるだろう。
ガールズトーク満載の、わーわーきゃーやー、女学生(死語的扱い)当時のノリで、
○ちゃんやら、△ちゃんやら、□ちゃんと、涙を流しながら、きゃっきゃきゃっきゃと、笑い転げる、
なんていうのは、かなしいかな、わたしの趣味ではなく・・・というか、もっと、かなしいのは、そんなふうに、過ごさなかった。

箸が転んでも可笑しい思春期の女の子時代が、おそらくなかったのだろう・・・(泣)
強いて言えば、涙を流して笑っている女の子たちを見て、あんなに単純で、なんにも考えなくて、羨ましかった。
(というか、そういう女子も、あまりいなかったように思う・・・わあ、暗い学校だ・・・)

かわいい、よく笑う、明るい女の子たちは、転校していった。
残るのは、暗い人間だけ・・・。
(事実に反する誇張表現アリ。「目に入れても痛くない」、というのと似ている)
これは、ちょっと、わたしの心象風景に似ていて、実際の学園生活とは違うので、小説ブログのほうがいのかも知れないが。

(現に昨夜、話した男子Y君は、マドンナOちゃんのことを、
屈託なく笑う、その天使のような笑顔に、ころっと、まいった、と言っていた)

ま、それはそうと。
中学のほうが好きなのは、個性的な人間が多いからだ。
中学時代、ぱっとしない、おチビでも、社会人になって会ってみると、見違えるほど、さなぎが蝶になっている。
これは、多く、男子に言える。
話し方、態度、話の内容も、とてもしっかりしているし、内容そのものが興味深い。(チビ当時と比べると、当たり前か)

女子は、あまり変わり映えしないので、面白みに欠ける。
そして、わたしが、会ってみたいと思う、中学当時、さなぎだった女子は、同窓会にまったく顔を見せない。
さなぎのまんま、くすぶっているのだろうか。
女子は、花、開かないのだろうか。

お金持ちと結婚して・・・なんていう子もいるのかも知れないが、そういうニオイは、誰からも漂ってこない。
暗い顔をして、貧乏生活かというと、名のあるホテルの宴会場は、会費もお高いので、そんな人は、出席しない。

お金のニオイ、ぷんぷんの人はいない。
お金ばかりが目に付く、お金持ちのおぼっちゃん、おじょうちゃんの学校とは、カラーが違う。
わたしは、そこが、じつは、好きなところだ。
(ちなみに、高校は、素朴・牧歌的・善良な人の集まり、と、わたしには映った)

男子には、成功者のニオイぷんぷんの人は、いる。
わたしは、なぜか、成功者のニオイは、とても好きである。
(ただし、成り上がりではなく。こう書くと、嫌なヤツだと思われること、間違いなしだが)

彼は、さらっと、ありえないほど、住む世界の違う話をする。
聞いていて面白いのだが、一通り聞くと、あまりの共通点のなさに、つぎの話の糸口がつかめない。
どうしよう・・・と悩む間もなく、彼は、別のテーブルにさっさと移っている。
彼は、パーティでの身のこなし方を身につけているとも言える。

そうだろうなあ・・・わたしと話していて、花が咲くわけないわなあ。
彼と過ごした小学校(2年生から)~中学卒業までの8年間は、人間としての基礎となる、大事な期間ではあるけれど、
その後の人生が違いすぎる。
(それ以前に、持って生まれた能力=おもに脳ミソに開きが、ありすぎる)

まあ、・・・それは、ともかく
遠くまで延々と時間をかけ、高い会費を払い、出席したわけだが、
みんなの顔を見ただけであって、ちゃんと話した人は、ほんの数人。
話したことは話したが、
「全然かわらないね」「元気そうやね」というような、短い言葉の投げかけのみの人は、話したうちに入れようか入れまいか。
そんな短い会話なら、女子とは、ほとんどの人と話したといえる。
あ、よく考えてみると、短いのだったら、男子ともけっこう、話した。

ということは・・・まあまあ皆さんと、お話し、したっていうことだ。

当時、初の教鞭をとったばかりの、8歳年上の、保健体育の美人先生に、
「あなた、若いって言われるでしょ。年より、ぐっと若く見えるわよ」
なんて、不思議なことを言われたが、「先生こそ、お若くて、同級生と見間違えるぐらいです」と応戦。
おんな同士は、いくつになっても、お世辞を言い合うのか?

3年ごとに顔を出している同窓会。
今年こそは、もう、出席しない、と思っていたのだが、またもや、流れで行ってしまった。
飛び切り楽しいわけでもなく、サプライズがあったわけでもなく、(初参加の人は、ひとりいたが、あまり印象に残らず)、
いつもと同じように、淡々と何事もなく、無事に今回もみんな集まったね、というかんじだ。
(東京方面からの参加者も多く、雨で、交通機関に影響が出て、立ち往生したらしいが)

毎回、参加しすぎているから、少々のことでは驚かない。
欠席者のはがきが、ボードに貼られていたが、一言コメント欄に書かれているメッセージにも興味なし。
人に話したい、伝えたい、あふれ出る何かも、なし。自分は、今、無風「凪」状態なのか。


わたしは、(電車で帰れる程度の)遠方なので、帰りの終電にも間に合うように、
地元の皆が、(団体で)ホテルの階上ラウンジで遅くまで飲んでいるのをしりめに、お先に失礼した。
以前なら、先に帰るのはとても惜しい、もっと、みんなと飲んでいたい、もっと特定の興味のある人と話したい、と、
後ろ髪を引かれていた。
だが、お酒に飲まれるのでもなく、人に飲まれるのでもなく、
こんな年齢になると、ほろ酔いパプニグなどまったく期待せず、自分スタイルが確立されているようで、
そんな自分を発見して、これまた安心した。

落ち着いてきたというか、年がいったのだろう・・・
(というか、お盆行事をはじめとする、どかんと行事が控えていて、気もそぞろ、なのかも知れない)

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