雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

飛騨の不思議な国 (3) ・ 今昔物語 ( 巻26-8 )

2016-02-02 13:37:19 | 今昔物語拾い読み ・ その7
          飛騨の不思議な国 (3) ・ 今昔物語 ( 巻26-8 )

     ( (2)より続く)

さて、いよいよその当日になると、僧であった男に沐浴をさせ、装束をきちんと着せ、髪をとかせ髻(モトドリ)を結わせて、鬢(ビン・結髪の左右両側に当たる部分)の毛を美しく整えさせるなど細々と世話をしている間に、使いが何度もやって来て、「遅いぞ、遅いぞ」とせかせる。
やがて、男は家の主人と共に馬に乗って出かけたが、妻は物も言わず、衣を引っ被って泣き伏していた。

男が行き着いて見ると、山の中に大きな宝倉(ホクラ・神殿。祠(ホコラ))があった。玉垣がものものしく広く廻らしている。その前にご馳走を盛ったお膳がたくさん置かれていて、大勢の人が居並んでいる。
生贄となる男を、一段高い座席に座らせて食べ物を食べさせる。他の人たちも皆物を食ったり酒を呑んだりして、舞い遊んだ後で、生贄となる男を呼び立て、裸にして、元結いをほどいてざんばら髪にして、「絶対に動かず、口をきくな」と言い聞かせて、まな板の上に寝かせ、まな板の四隅に榊を立て、それに注連縄や御幣を懸け廻らし、そのまな板を担いで、先払いをしながら玉垣の中に置き、玉垣の扉を閉じて、一人残らず引き返して行った。
生贄とされた僧の男は、足をさし伸ばした股の間に、隠し持った刀をさりげなく挟みこんでいた。

やがて、一の宝倉という宝倉の扉が、突然ギィッと鳴って開いたので、その音を聞いたとたん、男の頭は総毛立ち、全身が震える気がした。
続いて、他の宝倉の扉も順々に開いていった。
その時、大きさが人間ほどもある猿が宝倉のそばから現れ、一の宝倉に向かって、キャッキャッと声をかけると、一の宝倉の簾を押し開いて出てくる者がいた。見れば、これも同じく猿で、歯が銀(シロガネ)を連ねたようで、身体もさらに大きく堂々としたのが歩み出て来た。
「これもやはり猿なのだ」と思うと、男は気が楽になった。

こうして、宝倉から次々と猿が出てきて並んで座ると、あの最初に宝倉のそばから出て来た猿が、一の宝倉の猿に向き合って座った。すると、一の宝倉の猿がキャッキャッと何事か言うのに従って、最初の猿は生贄の方に歩み寄ってきて、置いてある長い箸と刀を取って、生贄に向かい切ろうとした時、この生贄の男は、股に挟み隠していた刀を手に取ると、素早く立ち上がり、一の宝倉の猿めがけて走りかかったので、猿は慌ててあおのけざまに倒れた。男は、そのまま起き上がる暇を与えずのしかかって踏みつけ、刀はまだ突き立てないで、「お前は神か」と言うと、猿は手をすり合わせて拝む。他の猿どもはこれを見て、一匹残らず逃げ去り、木に走り登ってキャッキャッと騒ぎ合っていた。

そこで男は、傍らにあった葛を引きちぎって、この猿を縛って柱に結び付け、刀を腹に突き付けて言った。「お前は猿だったんだな。神だなどと偽り、毎年人を食うなど、けしからんことではないか。お前の、第二、第三の御子だと言っていた猿を確かに呼び出せ。さもなくば、突き殺すぞ。神ならば刀も立たないだろうが、腹に突き立てて試してみるか」と言って、少しばかりえぐるまねをすると、猿は叫び声をあげて手を合わせるので、男は「それならば、第二、第三の猿を早く呼び出せ」と言った。猿はそれに従って鳴き声をあげると、第二、第三という猿が出て来た。男はさらに、「私を切ろうとした猿も呼び出せ」と言うと、また鳴き声をあげると、その猿も出て来た。
その猿に命じて、葛を折ってこさせて、第二、第三の御子を縛り付け、また、その猿も縛り付けた。

「お前は、私を切ろうとしたが、これから言うことを聞くなら、命だけは助けてやろう。今日より後は、事情もよく分からない人に祟ったり、よからぬことをしようものなら、その時にはお前をぶち殺してやる」と言って、玉垣の内から猿どもを皆引き出して、木の根元に括り付けた。
そうしておいて、人が食事などした時の残り火を取り、宝倉に順々に火を付けていった。この社のある所から里の人家は遠く離れているので、こうした出来事は誰も知らなかったが、社の方角に火が高く燃え上がるのを見て、里の人たちは「これは何事だ」と怪しみ大騒ぎとなったが、もともと、この祭りの後の三日程は、家の門を閉ざして閉じ籠り、一人とて外に出ないことになっていたので、大騒ぎしながらも外に出てみる人もいなかった。

この生贄の男を送り出した家の主人は、「私が出した生贄に、何事か起こったのか」と心が落ち着かず、怖ろしく思っていた。生贄となった男の妻は、「自分の夫が刀を要求して隠し持っていたことが怪しいと思うにつけ、このように火が出ているのは、夫の仕業に違いない」と思って、怖ろしくもあるがいぶかしく思っていると、この生贄にされた男は、猿を四匹縛って、前に追い立て、自分は裸姿で髪はざんばらに振り乱し、葛のつるを帯の代わりにして刀を差し、杖をついて里に下りてきた。
そして、家々の門の中を覗き込みながら行くので、里の人々はこれを見て、「あの生贄は、神の御子たちを縛って前に追い立ててきたのは、どういう事なのか。さては、神様にも勝った人を生贄に出してしまったのだ。神様さえこのようにしたのだ。まして我らなどは、食ってしまうに違いない」と言って、恐れ惑った。

                                       ( 以下、(4)に続く )

     ☆   ☆   ☆

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