テレビで印象派の画家たちに関する番組を見ました。何回かに分けてかなり詳しい番組作りがなされていて、興味深く見せてもらいました。
もっとも、私は絵画に詳しいわけではなく、ごくたまに美術館に行くことはありますが、その時はそれなりに感動はするのですが、まあ、それ以上のこともありません。
今回の一連の番組でも、海外の画家では「ルノアール」が一番好きだということと、好きな小説を一つだけ挙げるとすれば、ゴーギャンを描いた「月と六ペンス」を選びますので、単純にそれらの興味から見たに過ぎません。
それにしても、当時の欧州画壇は宗教に関する絵画が主流で、印象派といわれる人たちが目指した作品が一定の評価を得るまでには相当の苦節があったようです。
また、当時、人物画、すなわち有力者の肖像画を描いて身を立てていた画家も多く、写真という技術の登場で危機を感じていたという背景もあったようです。いかに正確に描くかということに関しては、当時の技術程度の写真でも多くの画家に衝撃を与え、単なる写生ではなく、魂のこもったもの、生命の息吹が伝わってくるようなものを描きだそうという人たちが登場してきたのでしょう。
それにしても、それほど大きくもない一枚の絵に、私たちはどうしてこんなに感動を得ることが出来るのでしょうか。写真にはない作者の魂までもが伝わってくるからだと教えてくれた人がいます。
それも正しいのでしょうが、一方で、たった一枚の写真に涙した経験は多くの人にあるのではないでしょうか。それも、特殊な報道に限らず、風景画であれ、一輪の花であれ、すばらしい感動を与えてくれることがあります。魂の叫びのようなものを伝えることが出来るのは、何も絵画に限ったことではないのでしょう。きっと、文字による伝達でも、そのようなことが可能だと思うのですが、さて・・・。
( 2010.06.22 )
もっとも、私は絵画に詳しいわけではなく、ごくたまに美術館に行くことはありますが、その時はそれなりに感動はするのですが、まあ、それ以上のこともありません。
今回の一連の番組でも、海外の画家では「ルノアール」が一番好きだということと、好きな小説を一つだけ挙げるとすれば、ゴーギャンを描いた「月と六ペンス」を選びますので、単純にそれらの興味から見たに過ぎません。
それにしても、当時の欧州画壇は宗教に関する絵画が主流で、印象派といわれる人たちが目指した作品が一定の評価を得るまでには相当の苦節があったようです。
また、当時、人物画、すなわち有力者の肖像画を描いて身を立てていた画家も多く、写真という技術の登場で危機を感じていたという背景もあったようです。いかに正確に描くかということに関しては、当時の技術程度の写真でも多くの画家に衝撃を与え、単なる写生ではなく、魂のこもったもの、生命の息吹が伝わってくるようなものを描きだそうという人たちが登場してきたのでしょう。
それにしても、それほど大きくもない一枚の絵に、私たちはどうしてこんなに感動を得ることが出来るのでしょうか。写真にはない作者の魂までもが伝わってくるからだと教えてくれた人がいます。
それも正しいのでしょうが、一方で、たった一枚の写真に涙した経験は多くの人にあるのではないでしょうか。それも、特殊な報道に限らず、風景画であれ、一輪の花であれ、すばらしい感動を与えてくれることがあります。魂の叫びのようなものを伝えることが出来るのは、何も絵画に限ったことではないのでしょう。きっと、文字による伝達でも、そのようなことが可能だと思うのですが、さて・・・。
( 2010.06.22 )
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