雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

百鬼夜行と出会った男 ・ 今昔物語 ( 16 - 32 )

2023-08-15 08:04:35 | 今昔物語拾い読み ・ その4

      『 百鬼夜行と出会った男 ・ 今昔物語 ( 16 - 32 )  』


今は昔、
いつ頃のことかは分からない。京に生侍(ナマザムライ・身分の低い平凡な侍。)の若い男がいた。常に六角堂に参詣して熱心に仕えていた。

さて、ある年の十二月の大晦日のこと、夜になってから、ただ一人で知り合いの所を訪ね、夜更けてから家に帰ったが、その途中、一条堀川の橋(一条戻橋、と言われる橋。)を渡って西に向かって行くと、西の方から多くの人が松明(タイマツ)を灯してこちらへやってくるので、「高貴な方がやって来るのだろう」と思って、男は急いで橋の下に降りて隠れていると、この松明を灯した者どもは、橋の上を東の方向に過ぎていく。
隠れていたこの男は、そっと見上げてみると、何と人間ではなく、怖ろしげな鬼どもが歩いているではないか。ある者は目が一つだけの鬼であり、ある者は角が生えている。ある者は手がたくさんあり、ある者は一本足で踊っている。

男は、これを見ると生きた心地もせず茫然と立っていたが、この鬼どもが皆通り過ぎて行ったが、しんがりを行く一人の鬼が、「ここに人影が見えたぞ」と言った。すると、別の鬼が、「そんな者は見えなかったぞ」とか、「そいつをすぐに捕まえてこい」などと言い合っている。
男は、「もう駄目だ」と思っているうちに、一人の鬼が走ってきて、男を捕まえて引っ張り上げた。鬼どもは、「この男は、重い罪があるわけでもない。許してやれ」と言うと、四、五人ばかりの鬼が、男に唾を吐きかけながら皆行ってしまった。

その後、男は殺されなかったことを喜び、気分が悪く頭も痛かったが、我慢して、「早く家に帰り、この出来事を妻に話してやろう」と思って、急いで帰り家に入ったが、妻も子も皆 男を見たのに、物も言わない。
また、男の方から話しかけたが、妻も子も答えようともしない。そこで、男はどうもおかしいと思いながら近くに寄ったが、そばに人がいるとも思っていない。
その時になって、男は思い至った。「何と、鬼どもが自分に唾を吐きかけたことで、自分の姿が見えなくなったに違いない」と思うと、何とも悲しい。自分が人を見るのは以前のままだし、また、人の言う事も支障なく聞くことが出来る。されば、人が置いている物を取って食っても、その人には知られない。
このようにして夜が明けると、妻や子は自分のことを、「昨夜、人に殺されてしまったらしい」と言って、ひどく歎き合っていた。

そして、それから数日経ったが、どうしようもない。
そこで男は、六角堂に参詣して籠もり、「観音様、私をお助け下さい。長年信心申し上げ、参拝しておりましたお験(シルシ)に、もとのように私の身体が見えるようにして下さい」と祈念して、お籠もりしている人の食べ物や、お布施の米などを取って食べていたが、そばの人も気がつくことはなかった。

こうして、二七日(フタナノカ・十四日間)ばかり経ったが、夜寝た時の明け方の夢に、御帳の辺りに、貴げな僧が現れ、男の傍らに立って、「汝、朝になれば速やかにここを退出して、初めて出会った人の言うことに従いなさい」とお告げになった。それを聞いたところで夢から覚めた。

夜が明けると、男は退出したが、門の脇でたいそう恐ろし気な牛飼い童が、大きな牛を引いているのに出会った。
その牛飼い童は、男を見ると、「さあ、そこのお方、我と一緒に来なさい」と言う。男はそれを聞いて、「自分の身体は見えるようになっているのだ」と思うと嬉しくて、喜びながら夢のお告げを頼りにして牛飼い童と一緒に行くと、西の方に二十町( 2km余り
)ばかり行った所に大きな棟門(ムネモン・二本の柱の上に切妻破風の屋根を乗せた門。貴族の屋敷などに用いられた。)があった。
門は閉じられていて開かないので、牛飼い童は牛を門につなぎ、人が通れそうもない扉の隙間から入ろうとして、男を引っ張り「あなたも一緒に入りなさい」と言う。男は、「どうしてこの隙間から入ることなど出来ますか」と言うと、牛飼い童は「ぐずぐず言わずに入りなさい」と言って男の手を取って引き入れると、男も一緒に入ってしまった。
見れば、屋敷は大きく、多くの人がいる。

牛飼い童は男を連れて縁側に上がり、中にどんどん入って行ったが、「なぜ入るのか」と止める者は全くいない。
遥か奥まで入り、見てみると、姫君が病に苦しんで臥していた。足元と枕元には女房たちが居並んで看病に当たっている。
牛飼い童はそこに男を連れて行き、小さな槌を持たせてこの患っている姫君のそばに座らせて、頭を打たせ腰を打たせた。すると、姫君は頭を起こしてひどく苦しんだ。それを見ていた父母は、「姫の病は、もう最期だ」と言って、泣き合っている。
見てみると、病気回復のための読経を行っており、また、[ 欠字。人名が入るが不詳。]という高貴な験者を招く使いを出している。しばらくして、その祈祷の僧がやって来て、病人の側近くに座り、般若心経を読み祈祷を始めたが、それを聞いて、男はこの上なく貴く感じた。身の毛がよだち、何となく寒気を覚えた。
その時、その牛飼い童はこの僧を見るや否や、いきなり逃げ出して外の方に行ってしまった。

祈祷の僧は、不動明王の火界の呪(カカイノシュ・不動明王の真言。悪魔退散の大火焔を出現させる。)を読んで、病者の加持を始めると、男の着物に火がついた。激しく燃えだしたので、男は大声で叫んだ。すると、男の全身が丸見えになった。
そして、家の人、姫君の父母をはじめ女房どもが見ると、とても賤しげな男が病者のそばに座っていた。
不思議に思い、すぐに男を捕らえて引き出した。
「これは、一体どういう事だ」と詰問すると、男は事の経緯をありのままに最初から語った。そこにいた人は皆これを聞いて、「全く不思議なことだ」と思った。

ところが、男の姿が見えるようになると、病者はかきぬぐうように癒えた。そのため一家の人々は大喜びし合った。
その時、祈祷の僧は、「この男は、特に罪がある者ではないようだ。六角堂の観音様のご利益を蒙った者なのだ。それゆえ、すぐに許してやりなさい」と言ったので、男を屋敷から追い出して、逃がしてやった。
そこで、男は家に帰り、これまでの事を話したので、妻は不思議な事だと思いながらも喜んだ。
かの牛飼いの童は悪神の家来であったのだ。誰かにそそのかされて、姫君に取り付いて苦しめていたのである。

その後は、姫君も男も病にかかることはなかった。火界の呪の霊験の致すところである。
観音のご利益には、このような不思議な事があるのだ、
となむ語り伝えたるとや。

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