雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

キャットスマイル  ⑤ チビの生い立ち

2014-03-18 19:03:40 | キャットスマイル 微笑みをありがとう
          キャットスマイル
               ⑤ チビの生い立ち

ボクは、チビもトラも大好きだ。
そりゃあ、本当のことを言えば、どちらも少々恐ろしいところはある。それに、トラは近寄りがたいところがあるし、チビはすぐにボクの寝床を狙いに来る。
しかし、お姉さんに助けられて迷い込んできたボクを、いじめることもなく受け入れてくれているのはありがたい。
しかし、ボクは、やがてはチビよりもトラよりも強くならなくてはならないのだ。
ところがお姉さんは、「いたずらが過ぎる」と、ボクを叱るんだ。お姉さんに叱られるのは、悲しい。
     * *
ここのところ、ボクは少し元気がない。
食事の時も、いつもはチビと先を争っていたのだが、ここ数日はチビより遅れて食べ始める。
食事は三つ用意してくれているので、遅く行っても自分の分は残っているのだけれど、チビは自分の分を食べ終わると、ボクのを狙いに来る。いつもは少し脅してやると、チビはボクのを取るのを諦めて、トラの食事を狙いに行く。トラは簡単に場所を譲って、チビの好きなようにさせている。そしてトラは、チビが満足した後、チビの分も含めて残っている分を食べている。
トラが本当は強いのかどうかよく分からない。

けれども、ここ数日は、チビがボクの食事を狙いにくると、そのまま譲ってボクはその場を離れる。少し経ってから、まだお腹が空いていると、残っているものを食べる。
寝床もそうだ。チビが大きな頭で潜り込んできても簡単には場所を譲らないが、それでもチビはあきらめずに半分だけ体を入れて、グウグウと眠ってしまう。まったく図々しい奴だ。
それが、やはりこの数日は、チビに場所を譲って、ボクは寝床に体のほんの一部だけ残していることがよくあるようになった。何だか、チビを押しのける元気がなくなったみたいなのだ。

体の半分が外に出ている状態でウトウトしていた時のことである。昼下がりのことで、トラはテラスの箱の中で眠っているらしく、いつもいる食卓の下には居ない。
お母さんもどこかへ出かけたのか姿が見えない。他の人はいないことが多いので、お母さんがいない時は、ネコだけになり、何だか物足りない。
ウトウトしながら夢うつつにそんなことを考えていると、いつの間にかチビが大きな頭を持ち上げてボクの体を舐めてくれている。チビは、ボクが体を寄せていくと舐めてくれるが、チビの方から寄ってきて舐めてくれることはほとんどない。珍しいことだが、なんだか良い気持ちだ。
ボクは気がつかないふりをして、目を閉じていた。

しばらく経って、さすがにチビもつかれたのか、舐めるのをやめると体を動かせて、大きな頭をボクの頭に押し付けてきた。
ボクはまだおとなになり切れていないし、頭は他の猫より小さい方なので、チビの頭を押しつけられると体の半分が接してしまうほどなのだ。
と、チビがいつにない小さな声で話しかけてきた。

「どうした? 最近元気がないみたいだぞ」
「うん・・・、そういうわけでもないんだが」
「体の調子が悪いのか?」
「そんなことはない。ただ、なんだか元気が出ないんだ」
「お姉さんに叱られたからか?」

そこで、チビは頭を動かせてボクの顔を覗き込んでにやりと笑った。
そう言われてみると、ボクの元気がなくなったのは、お姉さんに叱られてからみたいだ。確かに叱られたのはショックだったが、元気がなくなるほどこたえていたとは思っていなかったのだ。

「何を叱られたんだ?」
「いたずらが過ぎるって・・・」
「アハハ・・・、そうだろうなあ、お姉さんの手を傷つけたからな」
「あれは、そんなつもりじゃなかったんだ。それに、お姉さんはあのことを怒っているのではないみたいだった」
「そうだろうよ、お姉さんの手を傷つけたのは弾みだったのだろうが、トラやワシに攻撃していることを叱られたんだろう?」
「攻撃していたわけではないよ・・・」
「じゃあ何だ。あれは遊びだったとでもいうのか?」
「・・・」
「まあ、それはいい。お前はまだ小さいから、あの程度の攻撃では、トラもワシも全然こたえないからな。だが、お前がもう少し大きくなったら、そうはいかない。お前は、きっとかなり強くなるネコだから、例えばワシとだと血みどろの戦いをしなくては決着がつかないだろうよ」

言われてみると、ボクはますます落ち込んでしまった。
今のところ、この家で順番をつける場合、トラにはかなわないまでもチビよりは上だと思っていたが、チビが血みどろになる覚悟でかかってきた場合、とても勝てそうにもない。第一、チビにはそんな根性などないと思っていた。チビを少し甘く見ていたのかもしれない。

「お前、余り背伸びしなくてもいいんだよ」
しょんぼりしてしまったボクに、チビは大きな頭を寄せてきた。
「ワシのこと、そう、ワシがこの家に世話になった時のことを話してやろう。ワシも最初は、お前と一緒だったからな」
チビは、鼻の頭にしわを寄せて、遠くを見つめて話し始めた。

「ワシがこの家に来たのは、まだ、今のお前と同じくらいの大きさの時だった。
きっと、棄てられたのだと思うが、ある日突然ワシだけが畑の真ん中に置かれていた。小川があるので飲み水には困らなかったが、食い物には困った。夏のことで、畑や草むらの虫など追っかけまわしたが、まだチビ助のワシには腹の足しになる虫など捕まえることが出来なかった。
仕方がないのでうろうろしているうちに、広い公園に出た。そこには野良ネコが何匹が住み着いていて、誰かが食べ物をもってきてくれるらしく、そのおこぼれを失敬して二日ばかり過ごした。前から住みついている野良たちは、ワシを見て嫌な顔をし威嚇もされたが、まだチビ助だったので、ひどいことはされなかった。

しかし、次の日から雨になって、二日降り続いたので、誰も持ってきてくれないらしく、食べ物はすっかり無くなってしまった。野良たちは、どこかにあてがあるらしくいなくなってしまった。
ワシは仕方なく公園を出た。何軒かどこかの家に入り、犬の餌を失敬したりしたが、とても満腹になどならない。それに彼らは、食べ残しているくせに、ワシが食べるのを惜しがるのだ。
何日か彷徨った後、偶然この家に辿り着いた。
今と同じように、トラが紐に繋がれて、テラスに寝そべっていた。近くには食事の器も置いてあって、大分残っていた。ワシは恐る恐る食器に近づいた。トラは目を覚まし、低い声で威嚇した。恐かったが、朝からほとんど何も食べていないので、少々噛みつかれても何かを口に入れたかった。

トラはワシを威嚇はしたが、ワシが余りに小さいので飛びかかってくるようなことはなく、ワシが容器の食べ物を食べ始めても、不思議そうな顔で見ているだけだった。
全部食べ終わり、粒状の食べ物だったので器にほとんど何も付いていなかったが、それも丹念に舐めまわした後、ワシはトラに少し近づいた。こいつと仲良くしておくとまた何か食べさせてもらえるような気がしたからである。
しかし、ワシか近づくとトラは声を高くして威嚇した。すると、その声を聞いたらしい家の人が、大きな声でワシを追い払った。ワシはあわてて逃げたが、その家の庭からは出て行かず、今もあるが、庭の端にある物置の陰に隠れた。

トラは、今もそうだが、一日に何回もテラスに出たり、家の中に入ったりしていた。テラスに出ている時には、毎回ではないが食べ物の入った容器も置かれていた。ワシはその時を狙ってトラに近づいて行った。二回目からは、トラは威嚇することもなく、ワシに食べ物を譲ってくれた。三日もすると、家の人にもワシが食べに来ていることが見つかってしまったが、最初のように大声で追い払うこともなく、別にわざわざミルクを出してくれたりした。
しかし、ワシは家の人には気を許していなかったので、あまり近づかないようにしていた。それはトラも一緒で、ワシが食事をするのは怒らないが、近づき過ぎると低い声で威嚇するのをやめなかった。特に、トラがテラスに居る時はガラス戸は開けられていたので、ワシがそこから中に入ろうとすると、とても大きな声をあげ、飛びかかって来そうになって怒った。食事はさせてやるが、それ以上近づくなという警告らしい。優しくしてくれているように見えても、自分の城を荒らされるのは嫌だということなのだろう。

そんなある日のこと、トラはテラスに居たが食事の容器は出ていなかったので、ワシは寝床にしている物置の陰にいた。食事の時は怒らないが、何もない時に近づくのはトラは気に入らないらしいからである。
その時、不気味な声がしたのでその方を見てみると、黒と灰の縞模様の大ネコが、ワシに近づいてきていた。悔しいけれど、とても戦えそうな相手ではなかった。
ワシは威嚇だか泣き声だか分からないような声をあげながら、無意識のうちにトラの居るテラスに逃げ込んだ。後ろから大ネコは凄まじい声を上げながら迫ってきていた。
その時である。のんびりと寝そべっているだけだと思っていたトラが、紐に括られているにもかかわらず、その大ネコに敢然と向かっていったのだ。細い体をいっぱいに含まらせて、細長かった尻尾は丸太ン棒のように膨らみ、凄まじい声を張り上げてである。さすがの大ネコも突進を止めて、低く唸りながらも後ずさりしはじめていた。家の中からも大声で人が飛び出してきたので、大ネコは逃げ去って行った。

ワシは足がすくんでしまっていて、動けなくなっていた。
トラはなお、体を大きく膨らませたまま大ネコが逃げていった方角を睨みつけていた。
ワシは、その日からこの家に入れてもらえるようになったんだ。
ワシはいきなり畑の真ん中に放り出されたので、誰にも負けることなど出来ない。誰かに負ければ生きていけないからだ。そう思っていたが、あの時のトラの凄さは、そんなワシの考えを打ち砕いてしまうものだった。あんなに凄い戦いが出来るネコがいるのだ、しかも自分のためではなく、こんなチビ助のワシのために、と思ったんだ。
ワシは今でも、外では誰にも負けないように戦っているよ。よく怪我をして帰ってくるのは知っているだろう。でもな、この家では、そんなことは考えないことにしているんだ。トラのあの凄さを知っているためともいえるが、それでいてトラは全然威張っていないだろう。近づき難いところはあるけれど。

なぁ、チロよ。お前も外に出るようになれば、戦わなければならないし、家の中に居るとしても、大ネコみたいな奴が襲ってくれば、たとえ勝てないまでも戦わねばならない。でも、な、家の中ではいいんじゃないか、余り背伸びしなくても。戦いや、順位など関係なくやって行く方法もあるはずだよ。
まあ、お前にはお前のやり方があるわけだけれど、考えてみなよ」
チビはそれだけ話すと、大きな伸びをして、残っている食べ物を食べるらしく、のそのそと離れていった。
     * *
チビにも、子供の時があって、それなりに苦労していたんだ。
単に頭が大きくて、図々しいだけではないんだ、と思うと、チロはこのところ自分が何をしようとしていたのか、分からなくなってしまった。
今の話を聞いていると、どうもチビはボクより上らしいし、そうすると、ボクより下はお父さんとお兄さんだけになってしまう。それでは困るけれど、もしかすると、勝っているとか負けているとかなど関係のない接し方もあるのかもしれない。

そう思うと、チロは肩の力が抜けていくような気持ちになった。
そんな時のチロは、お姉さんたちが「微笑んでいる」という表情になっていた。

     * * *




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