雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

妹兄の島 ・ 今昔物語 ( 巻26-10 )

2016-02-02 11:08:18 | 今昔物語拾い読み ・ その7
          妹兄の島 ・ 今昔物語( 巻26-10 )

今は昔、
土佐国幡多郡に下賤な男が住んでいた。自分が住んでいる浦(海浜)とは違う他所の浦で田を作っていたが、自分が住んでいる浦の田に籾を巻いて苗代を作り、その苗を船に積み、田植え人などを雇い引き連れて、食物を始め、馬鍬・唐鋤・鎌・鍬・斧・鐇(タツギ・広刃の大斧)などという物に至るまで、家財道具一切を船に積みこんで、他所の浦に出かけていた。
ある時、十四、五歳ほどの男の子と、その妹で十二、三歳ほどの女の子の二人を船の番に残して、父母は田植え女を雇ってきて船に乗せようと、陸に上がった。

ほんの少しの間だと思って、船を少しばかり陸に上げて、綱は放り出したままにしておいたところ、この二人の子供は船底に横になっていたが、やがて寝入ってしまった。
その間に、潮が満ちてきたので船が浮き上がり、突風が吹いて少し海に吹き出されると、今度は引き潮に引かれて遥か南の沖に流されてしまった。
沖に出ると、ますます風に吹き流されて、帆を上げたかのように進んで行く。その時になって、子供は目を覚まして回りを見たが、船が置かれていた所とは違っていて、遥かな沖に出てしまっているため、泣き騒いだがどうすることも出来ず、ただ風に吹かれて流されて行った。
父母は、田植え女を雇うことが出来ず、「船に乗ろう」と戻ってきたが、船が見当たらない。しばらくは、「風の当たらない所に隠れているのか」などと思い、あちらこちらに走って名を呼んだが、応える声はなかった。
繰り返し繰り返し大騒ぎして捜したが、跡形もないので、どうすることも出来ず、ついには諦めてしまった。

さて、流されたその船は、遥か南の沖にある島に吹き付けられた。
子供たちは、恐る恐る陸に下りて、船を繋いで周囲を見回したが、人影らしいものは見えない。引き返すことも出来ず二人で泣いていたが、どうなるものでもなかった。
やがて女の子が、「もうどうすることも出来ない。といって、このまま死ぬのは嫌。この食べ物のある間は、少しずつ食べていって生きていこう。でも、それが無くなったら、どうして生きていけばいいのかしら。そうよ、この苗を枯れないうちに植えましょうよ」と言った。
男の子は、「そうだ、お前の言う通りだ。すぐにそのようにしよう」と同意した。

そして、水があって耕作に適した所を探し出して、鋤・鍬などみな揃っているので、ある限りの苗をみな植えた。
そして、鐇などもあったので、木を伐って小屋などを作って住んだが、果物が季節ごとに実を付けるものが多く有り、それを取って食べたりしながら暮らしているうちに秋になった。
これも前世からの定めであるのか、作った田がとても良く出来たので、たくさん刈り取って置き、兄妹励まし合って暮らすうちに、いつしか何年もの月日が立ち、二人も成人となり、やがて夫婦となった。

そうして、また何年か経つうちに、男の子や女の子が次々と生まれ、それをまた夫婦とした。
この島は無人島であったが大きな島なので、田を多く作り広げて、その兄妹が産み続けた子孫が、島に余るほどにもなり、今も住んでいるということである。「土佐の国の南の沖に、妹兄(イモセ)の島がある」と、ある人が話した。

これを思うに、前世の宿世(因縁)があったので、兄妹が夫婦になったのであろう、
となむ語り伝へたるとや。

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