雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

道照和尚 ・ 今昔物語 ( 巻11-4 )

2016-08-18 13:44:49 | 今昔物語拾い読み ・ その3
          道照和尚・ 今昔物語 ( 巻11-4 )

今は昔、
本朝天智天皇の御代、道照和尚(ドウショウワジョウ)という聖人がおいでになった。
俗姓は丹氏(フナノウジ・船氏。舟を間違えたものか?)、河内国の人である。
幼くして出家して、元興寺(ガンコウジ)の僧となった。たいそう賢く正直であった。また、道心が深く、尊いことは仏のようであった。
そのような人であったので、世間の人々は、朝廷をはじめとして、上下・僧俗・男女に関わらず、頭を低くして尊び敬った。

ある時、天皇は道照を召されて、「最近、聞くところによれば、『震旦(シンダン・中国の古称)に玄弉法師(ゲンジョウホウシ・三蔵法師のこと)という人がいて、天竺(テンジク・インド)に渡り仏法を修得して本国に帰ってきた』という。その中に、大乗唯識(ダイジョウユイシキ)という法門がある。その法師が特に熱心に学んだものだ。この法門は、『森羅万象はすべて認識にかかっている』という教理を立てて、悟る道を教えている。ところが、その経法はまだわが国にはない。そこで、お前は速やかに震旦に渡り、玄弉法師に会い、その経法を修得して帰ってくるように」と、命じられた。
道照は、宣旨を承ると、震旦に渡った。
玄弉三蔵法師の所に行き着き、門前に立ち、取次の者を通じて、「日本国より国王の仰せを承って渡来した僧でございます」と申し入れると、取次の者は中に入り、その旨を伝える。
三蔵法師はその申し出を聞くと、直ちに道照を呼び入れ、自ら座を下りてきて、道照を部屋に迎え入れた。
二人だけで語り合う様子は、まるで旧知の間柄のようであった。その後、唯識の法門を教えた。

道照は、夜は宿坊に帰り、昼は三蔵法師の所に行って習うことすでに一年に及んだ。その法門を、瓶の水を移し入れるかのようにすべて習得し、日本へ帰ろうとしていると、三蔵の弟子たちが師に申し上げることには、「この震旦にも多数の弟子がいます。みな優れた徳行(トクギョウ・修行を積んだ人)のある人たちです。それなのに、大師はその人たちを敬っておられない。この日本の国からやって来た僧に対しては、自ら座を下り敬意を表されたことは納得できません。たとえ日本の僧が優れているといっても、小国の人です。どれほどのことがありましょうか。わが国の人とは比べものになりません」と苦情を述べた。
これに対して三蔵は、「お前たち、すぐにあの日本の僧の宿坊に行き、夜ひそかに彼の様子を見るがよい。その後で、謗るなり褒めるなり好きなようにせよ」と答えた。

三蔵の弟子たち二、三人ばかりが、夜に道照の宿坊に行き、ひそかに中を覗いてみると、道照は経を読んでいた。よく見ると、口の中から長さ五、六尺ほどの白い光を出していた。弟子たちはこれを見て、奇異の念を抱き、茫然と見入った。
「全く不思議なことだ。わが大師の仰せられる通り、並の僧ではありますまい。また、わが大師は、他国から来た人のことなど知らなかったはずだ。それなのに、あらかじめその徳行を知っておられたのは、権者(ゴンジャ・仏や菩薩が仮に人の姿になって現れた者)に違いあるまい」と弟子たちは思った。
師の所に帰ると、「私たちがひそかに見てみますと、日本の僧は、口から光を出していました」と報告した。
三蔵は、「お前たちは、極めて愚か者だ。私が道照を敬うのを、『何か理由がある』と思わないでそしるのは、お前たちが仏道に未熟だからなのだ」と言ったので、弟子たちは恥じて退き下がった。

また、道照が震旦に滞在中、新羅国の五百人の道士の招請を受けて、その国へ行き、山上で「法華経」を講じたことがあったが、その場を隔てている戸の内から日本の言葉で何か問う声がした。道照は高座の上で説法をしばらく中止して、「誰なのか」と聞いた。すると、その声が、「私は、日本の国にいた役の優婆塞(エノウバソク・前回の登場人物)です。日本は神の心も歪んでいて、人の心も悪いので、日本を去ったのです。しかし、今は時々日本に通っています」と答えた。
道照は、「わが国にいた人なのか」と聞くと、「ぜひとも直接会いたい」と思って、高座から下りて探したが、見当たらなかった。たいそう残念に思いながら、震旦に帰った。

道照は、法門を習得して帰朝したのち、多くの弟子の為に唯識の要義を説き聞かして教え、それが伝えられ、今もその法は絶えずして栄えている。
また、禅院という寺を造ってお住みになった。臨終に臨んでは、沐浴し浄衣を着て、西に向かって端座された。その時、光が輝いた。その光は、部屋の中に満ち満ちた。
道照は目を開き、弟子に、「お前たち、この光が見えるや否や」と言った。弟子が「見えます」と答えた。道照は「このことを言い広めてはならない」と言った。そののち夜になると、その光は部屋から出て、庭の樹木を輝かせた。しばらく輝かせてから、光は西を指して飛んで行った。
弟子たちはこれを見て、ひどく恐れおののいた。その時、道照は西に向かって端座したまま息絶えた。それで、誰もが道照は極楽に往生したものと知ったのである。その禅院というのは、元興寺の東南にある。
道照和尚は権者だったのだ、
となむ世に語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆


* 文中の「和尚」は、「ワジョウ」と読ませるようです。
一般的に、「和尚」は「オショウ」と読みますが、仏教の各宗派により読み方(呼び方)は違うようで、例えば、浄土宗は「オショウ」、天台宗は「カショウ」、真言宗は「ワジョウ」、などと決まっているようです。

     ☆   ☆   ☆


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