優れた占い ・ 今昔物語 ( 28 - 29 )
今は昔、
中納言紀長谷雄( 845-912 )という博士( 890年に文所博士に任じられている。)がいた。学識が豊かで古今のことに明るく、世に並ぶ者とてないほどであったが、陰陽道の方面のことは全く知らなかった。
さて、その頃のこと、一匹の犬がいつもどこからか現れ、築垣(ツイガキ・土塀)を越えて入ってきては小便をするので、「怪しいことだ」と思って[ 欠字あり。陰陽師の名前が入るが意識的に欠字にしている。]という陰陽師にこのことの吉凶を尋ねると、「某月某日、家の内に鬼が現れるでしょう。ただ、その鬼は人を害したり祟りを成したりするようなものではありません」と占なったので、「その日は、物忌(モノイミ・家に籠って門戸を閉ざし、外部との接触を断って精進潔斎の上、ひたすら謹慎して魔物に隙を与えない備え。)をせねばなるまい」と言って、その時はそれで終わった。
ところが、その物忌すべき日になったが、その事を忘れてしまっていて、物忌をしなかった。
そして、学生(ガクショウ・大学寮の学生。)たちを集めて、詩文を作っていたが、詩文を朗唱している最中に、そばのいろいろな物を入れてある塗籠(ヌリゴメ・周囲を厚く壁て塗り込めた閉鎖的な部屋。寝室や納戸に用いられた。また、鬼などの住処ともいわれた。)の中で、何とも怖ろし気な声でほえるものがいるので、居並ぶ学生たちがこの声を聞き、「あれはいったい何の声だ、[ 欠字あるが不詳 ]り」と言いながら、恐がって右往左往していると、その塗籠の戸を少し引き開けてあった所から、ごそごそと出てくるものがあった。
見てみると、身の丈二尺ほどのもので、体の色は白く、頭は黒い。角が一本生えていて黒い。足は四本あって白い。これを見て、皆ひどく恐れおののいた。
ところが、その中に一人、思慮深くて豪胆な者がいて、立ち上がって走って行き、この鬼の頭の方をポンと蹴飛ばすと、頭にある黒い物を蹴り抜いてしまった。
それを見ると、白い犬がキャンと哭いて立っていた。何と、犬が楾(ハンゾウ・湯や水を注ぐのに用いる用具で柄がついている。柄が角に見えたらしい。)に頭を差し込んでいたのを、その楾を蹴り抜いたのであった。そして、よく見ると、犬が夜の内に塗籠に入って、楾に頭を差し込んで引き抜くことが出来ず、あの怪しい声で哭いていたのであった。
それが走り出て来たのを、物おじすることなく思慮ある者が、犬がそうしているのだと見抜いて、蹴飛ばしてあらわにしたのである。その状況が分かって、人々はホッとして気持ちが落ち着いた。そして、皆集まって大笑いした。
されば、本当の鬼でなくても、人の目には本当の鬼のように見えるので、陰陽師は鬼と占なったのである。そして、「『人を害し、祟りを成すものではない』と占なったのは、まことに大したものだ」と人々はこの占いを褒め称えた。
但し、「中納言はあれほど才能ある博士なのに、物忌の日を忘れるとは、まことに情けない不覚である」と、聞いた人は中納言を非難した。
当時は、この事を世間でいろいろと噂して笑い合った、
となむ語り伝へたるとや。
☆ ☆ ☆
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます