過日の不快な体験である。インターフォンが鳴る音で玄関へ。
「どちら様ですか?」と私。
「ちょっと新聞についての調査です」と若い男の声。
最近の新聞の衰退には関心もあるので、出てみた。
男はまず「これは調査に協力していただく謝礼です」とティッシュの包を2つほど渡す。会社や組織名はなく白い包装のままのティッシュ。
「今現在、新聞はお取りですか?」との質問に、「ハイ、とっています」と応えると、「偉いですね、私ども新聞業界にとっては全くありがたい方です。これもどうぞ」とまたラップの箱を渡す。「で、どこの新聞を?」との問いに「A紙です」と答えると、「ああ、やはり全国紙ですね。ますます感心するなぁ」とおだてあげる調子。
おそらく、C紙や県紙ともいえるG紙を指しての発言だろうが、私はそれらを軽んじているわけではない。A紙とG紙をともにとっていた時期もあるのだ。あえてそれは言わない。
この辺で私は相手の正体に気づいていたからだ。昨年か一昨年にもほとんど同じやり取りを経験していた既視感があった。
「お父さんすごいですね」といつの間にかいっそう砕けた調子。「こんなヘラヘラした男の父親になったおぼえはない」というのは私の心の声。
「新聞ってやはり全国紙ですよね。この辺の人は新聞とっていなかったり、地方紙が多いんですよ。感心だなぁ。さ、さ、これも受け取ってください」と今度は洗剤の容器やラップの包みを私の腕に押し付けてくる。私の両腕のなかは、それらのグッズでいっぱいになる。
「いや、こんなもの要りませんから」と私。
「実はですね、私この春、Y新聞に入社して記者志望なんですが、最初は現場を回って一定数の読者をとらねばならないんですよ。いえ、お父さんにA紙をやめてうちに移れというんじゃありません。そのままで結構ですから、一応うちをとるという印だけ頂いて、すぐにやめていただけば結構ですから。ほらこれはそこでもらった契約ですが、ここに『すぐやめる』となっているでしょう。これで結構なんですよ。それで私が記者に出世できたら、いい記事を書いて、今度は正面からお父さんにお願いに来ますから。今回は『すぐやめる』という条件付きで一応契約にサインだけしてくださいよ」
と、立て板に水でかなり強引にサインを迫ってくる。こんなのに長々と付き合ってる暇もないので、「いいや、そんな契約はしません。お帰りください」と私。
それでも、2,3回、「そうおっしゃらずに、お父さん」と粘ったが、「なんとおっしゃられても要らぬものは要りませんから」と私。
「あ、そうですか」と、今まで見せなかったふてぶてしい態度で踵を返して立ち去ったのだが、その帰り際が鮮やかで、私の腕いっぱいに押し付けたティッシュ何袋かと洗剤やラップなど、何一つ残さず、あっという間に取り上げて行ったのだ。別にほしいとは思わなかったがその豹変ぶりとグッズ回収のスピードたるや見事であった。
契約を一定数とったら記者にというのは作り話だろう。いくらY紙でも、あれを記者にはしないだろう。多分、勧誘専門のプロだと思う。
しかし、「調査」だといい、抱えきれない景品を勝手に押し付け、「すぐやめる」条件付きの契約を迫るなんて、なんかオレオレや還付金詐欺と似たりよったりだとも思った。
*これを書いたあと、ネットで調べたら、「新聞はインテリが作ってヤクザが売る」とあった。ヤクザが売るといっても新聞販売店のことではない。「新聞拡張員」という別途の職業集団があって、その人たちが顧客を勧誘し、まとまった契約を販売店に買ってもらうのだという。
しかし、その勧誘の仕方の評判はあまりよくない。それら勧誘のパターンを四つに分類している元勧誘員の述懐によれば以下のようになる。
1)喝勧 これは文字通り恐喝を含むもので、「これだけ頼んでもだめですか?こっちにも覚悟がありますよ。あなたの名前も住まいもわかっているんですから」と凄んだりする。もちろんこれ自身が犯罪行為である。
2)置き勧 これは安物のラップや洗剤などを無理やり置いてきて、申込書にはコンビニで買った三文判を押して契約とするもの。新聞が配達されはじめて気づくが、そのときには置いていったものに手を付けていて、諦めたりする場合もあるという。もちろんこれも契約ではない。
3)泣き勧 自分の身の上や家族の病気、障害などを訴え、同情を誘うもの。
4)引っかけ勧 自分の身分などを誤魔化し、「新聞店の経営者だが、この度、〇〇新聞があまりにもひどいので、✕✕新聞に変わったのでよろしく」などと虚偽の情報で契約させるもの。
私のところへ来たのは、玄関を開けさせるのに4)を用い、やたらものをくれるのに3)を用い、さらに「自分が正社員になるために」と2)及び4)を用いている。あからさまな1)はなかったといってよい。