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初めて読んだムスリムについての小説『帰りたい』カミーラ・シャムジー

2023-01-28 13:37:15 | フォトエッセイ
 ムスリムに関する小説で、私には初体験になる。
 作家、カミーラ・シャムジーはパキスタン出身でアメリカの大学で学び、2013年にイギリスの国籍を取得した女性で、この小説にも彼女自身のパキスタン系のイギリス人としての体験が盛り込まれている。ただし、彼女自体がムスリム(イスラム教徒)であるかどうかはわからないが、その出自からみて、ムスリムへの理解やシンパシーをもっていることは確実だろう。

          

 物語は、作者と同じように、パキスタンからイギリスに渡ったムスリム二家族の話に集約される。
 そのうちの一家で登場するのは3人姉弟。その父は一家を顧みず、ジハードの戦士として駆け巡り、アメリカ軍によって捕獲された後、拷問を伴う取り調べを受け、グアンタナモ米軍基地へ連行される過程で亡くなったとされるが、その死の真相は明らかではない。
 その後、その一家の母が病死したため、年の離れた姉が双子の妹と弟を養育し、その任を果たしたところでこの小説は始まる。

 この一家と対象的だが、やはりパキスタン出身のイスラム一家が登場する。
 こちらの方はいわばイスラム穏健派の英国体制維持派で、それが受け入れられたのか政治家として出世し、今や内務大臣となってる。この一家の、つまり内務大臣の息子が、先に見た三人姉弟と関わるところで2つの家族は交わり、話は進む。

 ムスリムは、何かにつけて監視の対象となる。ましてやジハード戦士の父を持つ三姉弟には厳しいものがある。しかし、そんななか、末の弟がISの一本釣りの対象になり、姉たちに嘘を付き、ISの基地のある場所へと出国する。

      
 
 先回りして結論を言ってしまうと、この末の弟は、IS の残虐さがそこへオルグされた折の美しい未来社会とは全くちがうものだ気付き、そこから脱出しようとする。
 『帰りたい』という書名は、そこから付けられたものだろうが、同時に、登場人物たちが自分の着地点をしかと見通せないままに希求してやまないことをも暗示しているのではないだろうか。

 弟の挙動を巡って一挙に物語は緊迫する。そして、そのラストシーンは、既にみたパキスタン出身のイギリス人二家族を巻き込んだ壮絶なものとなる。しかしそれは、つくられた壮絶さというより、こんにちのイスラム社会、そしてそれを取り巻く世界の状況のなかでは当然あり得るものとして私たちの前に投げ出されてある。

 そこには、大した信仰心もなく生活習慣としてのみ神仏を崇める私たちの曖昧さと違って、モラルや生活の規律を隈取るムスリムと、それに対する監視や管理が高度化した社会の排外性との厳しい相克が現存する世界がある。
 また、ムスリムのなかにもさまざまな多様性があり、それがムスリム対非ムスリムに加えて、もうひとつの葛藤が重ねられることとなり、事態を一層複雑にしていることが示される。

 世界は、私たちが日常的に勝手に了解しているほど明瞭ではなく、複雑かつ頑固に不明瞭な闇の存在によって彩られていることを改めて知る思いでこれを読み終えた。

 物語の叙述は、主な登場人物五人の語りで展開し、各人の叙述の進展によってさままざまなパーツとしての事実が次第に明らかになり、ラストシーンがその帰結となる。

 

 カミーラ・シャムジー『帰りたい』訳:金原瑞人・安納玲奈  白水社

 


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