むかしの修学旅行用の大広間か
研修場付属の合宿所のようなところで
数十人が雑魚寝をしていた
私の褥は一番端っこ
どういうわけか黒いワンピースの
女性と同衾していた 着衣のままで
近すぎて女性の顔はよくわからない
そっと抱擁してみると
しがみつくようにぐっと抱きしめられた
が 次の瞬間 さっと身を翻し
布団の傍らに立ち 私を見下ろすと
「私、出かけなきゃならないの」
と、ちょっと気だるい声でいった
「ああ、そうだったねぇ」
彼女のワンピースは 黒一色ではなく
コバルトの模様が入った斬新なものだった
そのワンピースの裾を翻し 彼女は去る
隣の布団には 制服を着たままの
女子高生とその母親が寝ている
布団の隅から瞳だけ出すようにして
「寂しくないの」と女子高生
母親は寝たふりをしている
「う~ん そうだなぁ」と しばしの間
やがて 思いつく限りのイギリスの
古い詩を口ずさんでみた
「その詩は?」と女子高生
トラファルガー広場の黒いライオンが
教えてくれた詩さ と私は遠い目
2018年8月 ロンドンにて
建物の外へ出よう と思った
大きな引き戸の傍らには
屈強な男たちが 見張るように立っている
勝手口のような小さな扉の方を開ける
むかし 学生食堂にいたおばさんがいた
「おや こんなところに」
「ハイ お世話になっております」
外からのしわがれ声
「今日の野菜 ここに置くよ」
祖父の声のようだったので
慌てて出てみる
大八車が斜めになって止まってるが
人影はない
川べりの道を歩く
なにかが水のなかでうごめいている
ん あれはヌートリア
少し泳いでは振り返り また泳ぐ
物心ついた時 隣の用水で飼われていた
あの時のつがいの 子孫だ きっと
だから 私を知っているのだろう
たしか 軍部の要請で飼われていたはず
あまり馴れ馴れしくしないほうがいい
視線をそむけて歩いていたら
いつの間にか川は 暗渠になっていた
暗渠の下で すっかり退化し
白い肌と赤い目をもつ水棲動物たち
彼らの反乱の企てに耳を澄ませる
月光仮面のように白いマフラーをなびかせた
派手なバイクが 追い抜きざまに 止まる
「テンペリアウキオ教会はこちらでいいのかな」
丘のてっぺんを削り取ったような教会
知っている しかし初めて行った時
道がわからず とても遠回りをした
その遠回りした方の道を教える
あの教会で聴いたバッハは
自動オルガンのものだったろうか
出口の前の土産物売場には
ムーミンのキャラが並んでいたっけ
丘のかなり下をよぎるトラム
2019年8月 ヘルシンキにて
「否応なしに迫る死の瞬間」と
どこかに無造作に書かれていた
死が迫るのか 瞬間が迫るのか
迫る方と迫られる方の共同作業で
死が完成するのだろう きっと
また川沿いに出たけれど
もうヌートリアはいなかった
すぐ目の前を 私をリードするように
アオスジアゲハが一頭 ひらひら舞い始めた
黒い翅に鮮やかなコバルトの模様
そう 私が同衾していたのは
このアオスジアゲハだったのだ
こうして私の循環は閉じられた
2019年11月 沖縄平和祈念公園にて
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上記は、浅い眠りの中での夢の記憶と、眠れないままに散漫な連想を巡らしたこととの合成のようなものです。
もっと言葉に対してセンシティヴなら詩になるのでしょうが。
でも、夢って面白い。突拍子もないことをみたりする。