津々堂のたわごと日録

爺様のたわごとは果たして世の中で通用するのか?

そろそろエンディング

2009-02-09 21:43:11 | 徒然
「島原の陣--決戦の日」は42回に達し、ようやく先が見えてきた。あと1・2回で終了としたいと思っている。いささか疲れたが、一字一句をタイピングする事で、理解が深まったことを嬉しく思っている。それにしても悲惨な戦ではある。諸士の活躍振りや、最後の有り様など生々しく、タイピングの手が幾たびか止まりさえした。綿考輯録は死者・手負など詳細に名前を記載しているが、いつの日かこれもご紹介し様と思う。しかし人数が夥しく、何時の日になるかは保証の限りではない。
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島原の陣--決戦の日・・42

2009-02-09 21:39:22 | 歴史
寛永十五年二月廿九日、三浦志摩守殿有馬を立て江戸ニ御帰候間、酒井讃岐守殿・堀田加賀守殿江被遣候御書

 志摩守殿御上候間申入候、今度俄ニ城乗御座候処、首尾好御座候而本丸迄乗取隙を明
 申候、本丸なとハ石垣ニ而一度ニ済可申所ニ而御座候様何も申候キ、先以目出度存候、 
 一両日落人尋方々山狩なと御座候ハん間、頓而在所江罷帰候ハん間、肥後事も頓而帰
 国仕、少シ足をやすめ江戸へ進上可申候、今度城乗之次第鍋嶋出丸明退候故、仕寄を
 付候へとの御事ニて御座候つる、其時鍋嶋は出丸へ仕寄虎口より着申所二之丸------
 (虫クイ)人参候故、城中さハき申候間、扨は乗と見申故三丸からも乗込申候間、敵もうろた
 へ申候間切捨二仕、二丸へ乗込せ申し候内ニ、鍋嶋手よりも三丸二丸ニ乗込、二丸ニ火
 を付申候所ニ、我々人数ハ二丸へ入申候而、二之丸より本丸江取込申候、人数ニ付本丸
 海手角から中程迄我々人数つき申候、石垣と申手負死人多御座候間、引取可申と存候へ
 とも引申事も成不申、二時あまり城屏きわへ付而居申内、はや日暮にかゝり申候間無是
 非無理ニのりこませ申候、我等人数本丸をやき申候事はや日暮申候つる、乗ハこミ申候
 へとも火を付申候故、のり口ニさくをつけこたへ申内ニ、夜更夜明よりはし/\人数入申
 つる、二ノ丸は鍋嶋はやく乗込申候、三之丸は立花・我等人数計ニてのりこミ申候、討捨
 之首数なと跡より可申入候、具ニは三郎左衛門我々手ニ被居候間、此段可被申上候、恐
 惶謹言
                              細越中守
     二月廿九日                      忠利
         酒讃岐守様
         堀加賀守様
               人々御中
 猶々、四郎にけ可申かと存候処、本丸ニ而我々者首を取いなせ不申満足仕候、此状之
 内御心得候而、掃部殿・大炊殿江御申候て可被下候、廿七日八ッ時より乗込、其夜直ニ
 せめ口ニて夜を明シ申候、本丸之後又下之小丸に何も手間を入取候て、廿八日九ッ時分
 ニ相済、人数打入申候、未はし/\すミ/\人残申候由候、右衛門佐殿・鍋嶋殿人数を
 残被置帰申候、以上
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