一、熊本にて高田九郎右衛門にそは切振舞に松野弾蔵・大洞平兵衛・佐分利再兒拙者参候に付先再兒に参候
へは小姓頭故組頭衆大勢参り相談被申候跡に承申候へは江戸へ逗留仕居申百五十石取の拾三石の事
に候 ケ様々々に咄被申初て承候 其拾三石は御目附同前に役料の様にて被為拝領かと覺申候 いや々々
御借しかも利付候と被申故扨も々々と存同道仕九郎右衛門所へ参候へは松野も大洞も居被申何やら
ひそ々々と咄被申候 何かと申候へはいあやなわのり物にて大勢人つき御奉行所に参候 下津久馬伯父に
荒川何某と申御中小姓初は下津と申候か近年名字替申候 銀札の事と沙汰に候 久我大臣の筋にて候か
夫程ありて大盗人と申候 郡源内・坂崎半兵衛妻の兄にて候 坂崎忠左為にも姉婿の久馬弟と申候て内寄
々々そは切捨申候て酒なと過候時分舎人殿より用之候手紙参候 何も右の咄の内にて候へは気遣何事
か同類多く尋可被申哉と申候故いや拙者も同類との事たるへきとて急き立申候へは松野は何と存候
哉傳右おれか事は申なと被申候 道すから右の咄承申候て拙者も無心元参候へは何事なく刀か脇差か
御見せ可有との事にて候故何方に居候哉と被申候 右の通申候 用事済申出候今日佐分利所へ組脇とも
大勢参候故何事かと尋候へはケ様々々被申候 是は乍憚御無理と存候 江戸へは拾三石御借被遣候て當
暮は被遣間敷とは何も受取可申と心當相違可仕候 私は唯今迄御目附なとの御役料のことく拾三石は
拝領かと覺申候へは御借米にてしかも利付と被申候 しかれは唯今迄いかゐ御徳被遊候と存候は百五
拾石は小身にてならぬと被聞召候て皆々外様に御出し被成候しかも彌一右衛門殿御組にて林久太
夫壹人御断申私は勝手迷惑仕候年若く御座候へは御小姓組の勤支度と願候へは其通今に勤居申候
しかれは拾三石御借利御取貮百石同前に御遣被成候へは唯今は百五拾石取に功者多く被召加候て御
借米利被召上貮百石取同前に被召仕候事はいかゐ御徳被成候と申候へはいや其方なと時分は四拾一
石手取にて候 近年四拾に成候故此中吟味にて役人中もいかゝの相談の事に候と御申候ゆゑ神以
江戸へ百五拾石取捨人餘参居申由様候へとも名も覺へ不申右の者□負(贔屓?)に存神以不申上候 尤佐分利御
咄申上候へとの心にても無御座私心にていな事埒明可申儀と存申上候とて立申候以後内入被申候は
そなたの舎人殿にて口たゝき被申候様に成候と致申候 其後佐分利に申候へは扨々能被申候 舎人殿要
人殿へ節々申候へとも埒明不申候 此比如願成申候被申候 如斯神以人の頼事に十左衛門殿節齋にも
是は其身は能きとおもひ拙者に申聞態と拙者に度々筑後以来出合能存候 あほふなれともむす子
出頭致仕合と御申候 節齋にも神以終に不申 是は御家古き者故物頭の望にて候 何も両人共に四百石と
りしかも物頭或組脇勤申居候 各若く候間心付可被申候 歴々に盗人多く物頭にもあほふ多く候 皆々浮
へる雲のたとへにて候 必々立身位も望不被申心を信に此書置候事一々に心付勤可被申候 輕薄ついし
よう随分心付可被申候 併おれもせぬとて必々心底におもはれ御咄候事必々無用世間見申候へは十人
か八九人大身小身共に多く候 妙應院様僞の實といふ事あると御意たとへはおれを馳走におもひ皆
々數日心遣候ても今日は心持あしくいやにおもへ共或行料理等も不出来にても其者には料理も能き
なとゝ僞なからいわぬは家来にてもならぬと御意を承候 乍憚如斯の儀各身上に相應しいくらも有之
候 少の事輕薄共不被申候 少も々々不苦候 唯工みて我等の慾か道にそむかぬかと工夫召れ可然候 大形
は外様者小身成者心に望なきとおのつから輕薄ついしょうはせぬ者多く候 たとへは各心に國郡取
申度心は有間敷候 貮百石に役料百石取候男は是を御加増に仕度或は七八百石取申は千石に成度存
候 いかにも々々々々尤と存候 世の常にて候 百人に壹人も老父の如く拙者を御小姓に出し申さす他人
の頼たるとて道を正し被申事第一に覺書置候 能々工夫可有候 老父は多いし内蔵助天下に名上申候大
名に少もおとり申さぬ心と存候 扨御役料被下候間随分役儀を大事に存御為に随分心かけ是は御為に
は能候へともつまる所は御國の百姓侍中末々迄迷惑可仕事なれは却て御為に成らぬ道も有之と心付
我一人の利口止相役とも申合宿に歸候てても工夫仕申事ならは少は心もつき可申候 米は役故に被下候
て位も應し能成申候へは諸人に用られ其役の顔にて宿みては心安き同類呼甘き物くらひ大酒くらひ
申拙者存候ても大形酒にて夭死仕候同類とも残り候ては能き死仕浦山敷犬の年寄たる同前に長生し
て子か迷惑夫はこう誰はとふと申拙者働申内何も能存度々咄申候 拙者御加増の時雉子拝領とて風呂
敷もたせ参候 百石兵助に五拾石つゝ拙者も致拝領候 難有に■出申神以五拾石か忝く又少間候へはい
や百石ならは尚能可有之物と存候事度々有之先年大海和尚に申候へは感被申佛道に有之心持にも如
斯の事工夫召れ心の内の悪念出候時は此書置見可被申候 右の通大形立身近く位よく成候男に就中多
く候 節齋心安く被申聞候 大歴々に有之候 いかにしても名書付不申候 其人のつら見申かわいやおれに
おとりたる男と心底におかしくしらぬと思ふと唯今果候男にても義士四十六人の外たるへきと存候
書物能々心付見可被申候 必々死兼ましき者弾蔵は御用人別て多き事を心に存へく候 必々御見せ可被
成候 十左衛門殿舎人殿節齋三人は如形出頭めされ御家中不残用申候故拙者程御家中の上下共に知り
たる人此後も有間敷候 名字の事は思もよらす我身能子の為とて一家一門をもかまはぬ男いくらと申
數は無之候 心正しく道を守能く候段老父事にて可有御存知候