堀江則雄『ユーラシア胎動―――ロシア・中国・中央アジア』(岩波新書、2010年)を読む。当方の問題意識は、新疆ウイグル自治区の現在について手がかりを得ることにあった。
本書で最初から最後まで強調され続けているのは、サブタイトルにもあるように、中国、「スタン系」の中央アジア、ロシア、さらにはイランやインドにおける開発の協力と相互の貿易が、かつてないほど盛り上がっていることだ。相互をつなぐのは道路や鉄道、石油・天然ガスのパイプラインといったインフラであり、そのベースとなる枠組が「上海協力機構(SCO)」となっている。また、Win/Winのため、中露の国境はすべて確定している。
方や米国追従、まるで解決に向かいたくないような対北朝鮮政策と北方領土政策、鳩山元首相の「東アジア共同体」構想には臆病で過敏な反応しかできないあり様。確かに、まなざしをアジアに向けよとする主張には、戦略的にも、説得力がある。
それはそれとして、上海協力機構は、新疆ウイグル自治区やアフガニスタンなどにおける戦争犯罪、人権無視に関して、手を付けないことを決めているようだ。すなわち、内政不干渉を掲げ、米国流の人権外交へのアンチテーゼとしているわけである。米国基地を撤廃する方向はあるとしても、その一方では、対アフガニスタンの米国の行動については容認している。経済活性化(しかもテンポラリーな)によって世界が良い方向に進むと信じる限りにおいて、積極的に評価されるべきものか。
新疆ウイグル自治区における運動や衝突に関しては、本書の分析はまったく物足りない。たとえば、『情況』(2009年10月号、情況出版)における加々美光行による論文(以下のような内容)を検証するようなものが読みたいのだ。
●従来の新疆の独立運動は、イスラム信仰と必ずしも結びついていなかった(世界ウイグル会議主席のラビア・カーディルもカリスマではない)。
●国家発展改革委員会による「西部大開発」プロジェクト(2000年~)や、上海から新疆を抜けてドイツまで光ファイバーを敷く「ユーラシア・ランド・ブリッジ計画」(1992年~)などインフラ事業が本格化している。ウルムチには出稼ぎ労働者が流入し、中国沿岸部の資本側が使いやすい漢人が優先された結果、あぶれたウイグル人はあちこちに出稼ぎに出ることとなった。広東の事件に新疆のウイグル人たちが反応したのは、そのようにつながった同胞意識があったからだ。
●今回のデモは、独立運動関連ではなく、漢人とウイグル人との貧富格差に起因する。その背景には、政府の開発至上主義により、地方の従属化が進んだことがある(地元ではなく外部が開発の主体になる)。
●開発の肥大化は、地方政府の権限の膨張にもつながっている。河北省の毒入りギョーザ事件において、原因は日本側だと公言したのは、地方政府の独走だった。
●一部の独立運動だけでなく、一般民衆を巻き込んだ民族解放運動につながっていく可能性は高まっている。これまでカリスマ不在で盛り上がらなかった東トルキスタン独立運動にも結びつく兆候もある。胡錦涛がラクイラから慌てて帰ったのは異例のことであり、危機感を募らせていることのあらわれである。
●「中華ナショナリズム」は、孫文たちの生み出した「中華民族」の概念に起因している。本来は国境も宗教も民族も跨り、さまざまな要素を丸呑みする普遍的な色彩が強いものであった。90年代から排他性を強め、自己を尊大視する「中華ナショナリズム」は崩壊の危機を迎えている。
また、『アジア記者クラブ通信』(2010年1月号)に掲載された、川島真・平野聡「新疆ウイグルとチベットでの騒乱をどう見るのか」においては、胡錦濤派と江沢民派との争いがあったこと、中国は情報の隠蔽から利用へと方針を変えていることなどについても言及していた。
パワーシフトは認識しなければならないが、開発と経済波及効果に重きを置きすぎる分析はアンバランスだということだろう。
●参照
○『情況』の、「現代中国論」特集(その後、習近平の名前は当たり前のものになってしまった)
○加々美光行『中国の民族問題』