Sightsong

自縄自縛日記

鬼海弘雄『しあわせ インド大地の子どもたち』

2010-08-31 02:00:40 | 南アジア

鬼海弘雄『しあわせ インド大地の子どもたち』(福音館書店、2001年)を開くたびに、モノクロ写真の魔力を感じないわけにはいかない。

インドの街や田舎や漁村に生きる子どもたちの姿を捉えた写真群である。最近、『キヤノン・プレミアムアーカイブス 写真家たちの日本紀行』において、鬼海弘雄がデジカメを手に(似合わない!)、北海道での撮影を行う様子を観ることができた(「北海道 道北の旅」)。撮影する相手にごく自然に話しかけ(無神経を装うわけでも阿るわけでもない)、まるで記念写真を撮るかのように記録していた。おそらくインドでもそのようだったのだろう、これらは牛腸茂雄の写真と同様に、まなざしの写真でもある。

そして、グレートーンの出方がただごとでない。これは『東京夢譚』(2007年)でもそうなのだが、人物であるだけに、さらに、肌の色が濃いだけに、この異常さがあからさまなものとなっている。白飛びも黒つぶれも皆無で、すべてにトーンがあるのだ。仮に自分が撮ったなら、よほどの曇天、あるいは偶然的にすべてに均一な光がまわりこんでいる条件でなければ、何かを捨てなければならない。仮に焼き込みを工夫したとしても、である。ところが、この写真群は何も捨てていない、何しろすべてにトーンがあるのだから。

以前、この秘密を知るべく、本人に訊ねたことがある。そのときの答えは、カメラはハッセルにプラナー、フィルムはTri-Xかプレスト、印画紙はオリエンタルとイルフォード(大きいもの)のバライタ。そして秘密に対する答えは、「味の素(笑)・・・いや、何も特別なことはしていない。リバーサルを撮るくらいの気持ちで露出を決めるくらいだ。」であった。しかしそれを信じるわけにはいかない。非常に巧みで繊細な覆い焼きとトーンの調整が、モノクロ写真のひとつの到達点とでも言うべきプリントを生みだしている。

●参照
鬼海弘雄写真展『東京夢譚』