徐京植『ディアスポラ紀行 ―追放された者のまなざし―』を読んだときに、ネッド・ローゼンバーグ『Inner Diaspora』(TZADIK、2007年)のことを思い出して棚から出した。ダジャレではない。ネッドもユダヤ人、その彼がジョン・ゾーンに声をかけられて、クレズマー音階などの作品に取り組んだ記録である。
「Sync」というグループは、ネッドのクラリネット、バスクラリネット、尺八、アルトサックスに、ジェローム・ハリスのベースギター、さらにはタブラ、ヴァイオリン、チェロが入る、変則「ウィズ・ストリングス」である。
ネッドもかなり「内的なディアスポラ」、すなわちユダヤ性という閉鎖性からの脱出を意識していて、ここに寄せられた文章にも、仏教との融合だのクロスボーダーだのといったことが書かれている。実際に音楽は平板なものではなく、弦楽器による哀愁としか言いようのないクレズマーに、ネッドの自在な管楽器が絡んでいく。ジェローム・ハリスの存在がかなり効いていて、現代の音楽であることを示し続ける。
それにしても、前から思っていたことではあるが、ネッドの音色は人工的ではないのだが無機質というか、音を奏でる甲殻類を思わせるものがある。つまりそれだけではあまり魅力的ではなく、他の盤をあらためて聴いてみても印象は変わらないのだ。
たとえば、サックスの循環呼吸奏法を用いる者同士のデュオ、エヴァン・パーカー+ネッド・ローゼンバーグ『Monkey Puzzle』(Leo Records、1997年)。エヴァンはソプラノとテナー、ネッドはバスクラとアルトであり、どれを聴いても違いが明らかだ。エヴァンはテナーでもソプラノでも、クリシェと言っても手癖と言ってもいいかも知れないが、ロマンチックな音がそこかしこに現れ、こちらをドキドキさせる。無機質なネッドはここでは引き立て役だ。
ところで、このジャケットのクロスワードパズルの問題が裏面にあって、解いてLeo Recordsに送ったら未収録CD-Rをプレゼントなどと書いてあった。当時送ろうかと思って面倒になってやめた。勿論〆切はとうに過ぎてしまっている。出せばよかった。
サインホ+ネッド・ローゼンバーグ『Amulet』(Leo Records、1996年)は素晴らしい共演の記録ではあるが、サインホ・ナムチラックとサックスとのデュオという点で比べれば、姜泰煥との作品(『LIVE』)や、エヴァン・パーカーとの作品(『Mars Song』)の方が情念に溢れ、ウェットである。この盤の中では、12曲目の「Low & Away」におけるサインホの倍音、甲高い音が凄まじい。
発表当時、六本木にあったロマニシェス・カフェにサインホとネッドとのデュオを聴きに行った。サインを貰おうとジャケットを見せたところ、これは印刷が悪くて新しいものにした、取りかえるが?と言われ、何となくそのままにした。現行版はイラストがこんなピクセルの集合体ではなく、もっとなめらかである。従って少しレアである。
ネッドとサインホのサイン
●参照
○サインホ・ナムチラックの映像(大友良英+サインホ)
○TriO+サインホ・ナムチラック『Forgotton Streets of St. Petersburg』
○姜泰煥+サインホ・ナムチラック『Live』