Sightsong

自縄自縛日記

L・ヤーコブソン+D・ノックス『中国の新しい対外政策』

2011-05-03 11:00:03 | 中国・台湾

リンダ・ヤーコブソン+ディーン・ノックス『中国の新しい対外政策 誰がどのように決定しているのか』(岩波現代文庫、2011年)を読む。

「共産党=上意下達」という印象に囚われて、中国政府を一枚岩のように、あたかも巨大な意思を持った人格のように捉える人は多い。そこまで考えなくても、例えば反日デモ、河北省石家荘の毒入り餃子ギョーザ事件、この間の尖閣諸島問題のときを思い出してみるとよい、いかに多くの人たちが、すぐに中国を政府であろうと個人であろうと十把一絡げに扱いはじめることを。日本だけではないだろうが、明らかに日本社会の知的退行を示すものだろう。

中国国民総体、あるいはそれぞれの意識は置いておいても、中国政府についても不可解なことが多い(自分のフィールドである温暖化分野についても、常に不可解さがついてまわる)。ギョーザ事件では地方政府の独走とする加々美光行氏の分析(>> リンク)があったが、本書は、さらに中国政府の意思決定全般の濃淡について分析している。しかも当事者たちの匿名インタビューを基にしており、日本によくある思い込みや色眼鏡はかなり排除されている。

習近平や李克強の名前には一言も触れていない。そのような政局本ではないということである。

本書によると、
○9人で構成される党中央政治局常務委員会は頻繁に開かれ、最終的な政策決定機関である(例、原子炉購入先として仏アレヴァと米WHとの選択は胡錦濤が最終承認)。
○しかし、それに影響を与える組織や要因は年々増してきている。政策研究室書記処弁公庁は外交の局面で最高指導者と深く接触している。
外交部の決定力は落ちている(例、コペンハーゲンでの温暖化関連の合意に発展改革委員会が反対)。
○海外の中国系企業の活動に関して、常に商務部と外交部が競合している。
国家安全部の対外政策への影響力が、チベット、新疆、北京五輪対策を機に増強した。国際化によって、人権問題、権力の透明化、信頼性のような問題で党の筋道が乱されることを憂慮している。
人民解放軍の行動は規制されているが、処分されるリスクと引き換えに、文民指導者に政策提言を直訴できる。海洋安全保障という文脈において、彼らの重要性が高まってきた。国際社会に過度に関わることで、領土紛争や主権問題について指導部が妥協的になることを恐れてもいる。
○中国における政策決定は「合意形成」(満場一致)を原則とするため、失敗して失脚するリスクを誰も負わないよう曖昧な主張が目立ち、ネゴのために膨大な努力が払われる。従って、敏感な問題についての決定過程は長く、時に行き詰まる。
○「和諧社会」(調和のある世界)と、日本や欧米から苦しめられた「屈辱」を背景とした民族主義的感情とが、常に矛盾を引き起こしている。
大学やシンクタンクには大きな制約があり、政策に沿わない発言の影響力は小さい。一方、率直・熱烈な、研究者と対外政策幹部との内部討論会が存在する。
○中国政府はもはやネット言論を無視できないため、監視と、好ましくない見解を圧倒するための大量の書き込みを行っている。
○より広範には、登場しつつある利益集団のすべてで、中国は先進工業国の要求に「より従順でない」立場をとるべきだと要求する声がある(例、温暖化、イラン・北朝鮮への制裁、スーダン対策、米国の台湾への武器輸出、南シナ海が「核心的利益」であること、各国のダライ・ラマとの面会)。

結論は、対外政策の決定に関する権限がばらばらになっている、ということである。それを捉えるのは簡単ではなく、単に敵視または擁護の立場をとることの危さも示してくれる。

●参照
天児慧『巨龍の胎動』
天児慧『中国・アジア・日本』
沙柚『憤青 中国の若者たちの本音』
『世界』の特集「巨大な隣人・中国とともに生きる」
『情況』の、「現代中国論」特集
加々美光行『裸の共和国』
加々美光行『現代中国の黎明』 天安門事件前後の胡耀邦、趙紫陽、鄧小平、劉暁波
加々美光行『中国の民族問題』
堀江則雄『ユーラシア胎動』
竹内実『中国という世界』
藤井省三『現代中国文化探検―四つの都市の物語―』


『blacksheep 2』

2011-05-03 09:28:08 | アヴァンギャルド・ジャズ

『blacksheep 2』(doubt music、2011年)を何度も聴いている。もっと奇抜でエキセントリックな演奏かという先入観は、良い意味で裏切られた感がある。バリトンサックスとバスクラリネット、トロンボーン、ピアノという楽器の個性をいろいろに出そうという衝動(つまり変な音)とアンサンブル、じわじわと面白みが出てくる。

メンバーは吉田隆一(バリトンサックス、バスクラリネット)、後藤篤(トロンボーン)、スガダイロー(ピアノ)(以下、それぞれY、G、S)。まだ実際の演奏を目の当たりにしたことがない。聴きにいった後であれば、もっとこの音源を愉しめるんだろうね。

公開録音に立ち会った方の話によれば、同じ曲を何度も演奏したということで、その分、アンサンブルの強度も増しているように思える。また、当初の想定タイトルは『SF』で、スタンリー・キューブリック『博士の異常な愛情』のエンディングテーマ曲(爆弾とともに流れる脱力的な奴)も演奏されたそうである。実際に、CDの1曲目は「時の声」、J.G.バラードの同名の小説に捧げられている。ところで、筒井康隆『邪眼鳥』に捧げられた山下洋輔の「J.G.Bird」という曲があって、本人に1997年ころにバラードのことを意識したのか訊ねてみると、「まあ結果的にね!」とはぐらかされた記憶がある。

その1曲目は、Sの単音からはじまり、次第にYとGが入ってくる。トロンボーンは苦しみの声のようだ。バリトンは鳴りまくっている。またSの単音で終わる。2曲目「重力の記憶」は、象の希望の雄叫びのようなYとGのふたりが重なり合っていき、イメージを増幅させる。3曲目「滅びの風」は、バリトンのブルージーさが印象的、片山広明のど演歌テナーサックスのようだ。Sのピアノの強靭さも凄い。4曲目「星の街」での強く進むマーチ風のアンサンブルは、まるで『ウルトラセブン』世界だ。一転して静かな5曲目「星の灯りは彼女の耳を照らす」は、YとGとが薄紙を重ね合わせるように音を作っていき、その中にピアノが楔のように打ち込まれる。6曲目「にびいろの都市」では、モンク風のピアノに続き、トロンボーンがフィーチャーされる。その中でも暴れるYの声が愉しい。7曲目「切り取られた空と回転する断片」は、1曲目との対照的な構成を意識したのか、やはりピアノの単音で挟みこまれる。爆発的なピアノが下から持ち上げる印象のアンサンブルが良い。

前作を聴いていなかったことを後悔させられる。ライヴにも行くことができるかな。

●参照(doubt music)
アクセル・ドゥナー + 今井和雄 + 井野信義 + 田中徳崇 『rostbeständige Zeit』
大友良英+尾関幹人+マッツ・グスタフソン 『ENSEMBLES 09 休符だらけの音楽装置展 「with records」』
翠川敬基『完全版・緑色革命』


齋藤徹による「bass ensemble "弦" gamma/ut」

2011-05-03 01:13:41 | アヴァンギャルド・ジャズ

何をかなしんでか連休の谷間にも仕事、早めにぬけて、久しぶりに西荻窪のアケタの店に足を運んだ。

齋藤徹さんの新しいグループ、「bass ensemble "弦" gamma/ut」のライヴである。何と5人のベース・アンサンブル。狭いライヴハウスに5本のコントラバスが置かれているだけで壮観である。

最初の曲は韓国リズムによる「Stone Out」。タイトルは金石出の名前から取られている。ついこの間、2枚まとめて金石出のアルバムを聴いて感嘆していたばかり、韓国リズムだけでなく体内リズムも西荻に呼ばれていた。演奏のリズムは次第に収斂していく。2曲目は「Tango Eclipse」、タンゴのビートを弾く者が交代していき、アルコを弾く音は色っぽい。そして一転して繊細な和音を形成する。その次は皆がベースを横に倒し、何をするのかと思っていると、外から救急車の音。演奏はそのサイレン音を展開していく。

休憩を挟んでの1曲目は何だろう、懐かしいアルコの旋律が薄紙のように重なっていく。テツさんが爪弾きはじめ、風のように全員に波及して、さらにガラスの響きを思わせるやさしい音である。2曲目は「浸水の森」、暗い沼の気分にさせてくれる哀しいメロディだ。ベースの胴体を叩き、全員で鈴を賑々しくかき鳴らしてもなお哀しい。激しいアクションとともに、弦に触りそうで微妙にしか触らない演奏はアントニオーニ『愛のめぐりあい』的。

最後は「for ZAI~オンバク・ヒタム桜鯛」、テツさん本人曰く、「アジアっぽいリズムで、インドネシアだとか琉球だとか出てくる、最初はバリ島のカエルの合唱から」。洗濯板のような棒を使ってのカエルの声、笛を吹きながらのアルコ、棒でばちばちと弦を叩きながらの津軽三味線や奄美の三線を思わせる民謡旋律、琉球コードでは板を弦にこすりつけて指笛のような音色を出す。そして、わらべうたのようなメロディを奏で、ひとりひとりが(巧いとは言えない)唄を口ずさむ。ここに至って、うたは何かに収斂し、黒潮化した。

やはりテツさんの音楽は人間の大きな音楽。聴いてよかった。

あまりにも腹が減って、西荻駅前の「ひごもんず」で角煮ラーメンを食べて帰った。

●参照
齋藤徹、2009年5月、東中野
齋藤徹「オンバク・ヒタム」(黒潮)
久高島で記録された嘉手苅林昌『沖縄の魂の行方』、イザイホーを利用した池澤夏樹『眠る女』、八重山で演奏された齋藤徹『パナリ』
齋藤徹+今井和雄『ORBIT ZERO』
往来トリオの2作品、『往来』と『雲は行く』
ミッシェル・ドネダと齋藤徹、ペンタックス43mm
ユーラシアン・エコーズ、金石出
『人はなぜ歌い、人はなぜ奏でるのか』 金石出に出会う旅
金石出『East Wind』、『Final Say』