Sightsong

自縄自縛日記

澁澤龍彦『高丘親王航海記』

2011-05-07 22:11:37 | 思想・文学

澁澤龍彦『高丘親王航海記』(文春文庫、原著1987年)を読む。何をかなしんでか休日まで金融の勉強をしなければならないのだが、移動時間には好きなものを読んでよいことにする。そうすると妙に熱中して読みふけってしまう。現実逃避に他ならず、昔からの悪い癖である。

高丘親王は9世紀の人、桓武天皇の孫、平城天皇の子。入唐し、天竺行きを志すも東南アジアで消息不明になったという記録がある。この、碩学・澁澤龍彦唯一の長編小説は、高丘親王の不思議な旅をフィクションとして夢想している。夢想は本当に夢想であり、夢と現を行き来しながら、下半身が鳥の裸女、顔が犬にして局部に鈴をつけた男、とがった口からぺろぺろと長い舌を出す大蟻食い(結構なインテリ)、海から入道のように現れては話をするジュゴンなど、想像を絶する世界を見せつける。いや面白い面白い。

ジュゴンを「儒艮」と書く。全身薄桃色、肛門から虹色のシャボン玉のような糞が飛びだしてはふわふわと空中を漂い、ぱちんと割れて消える。海南島から東南アジアに向かう途中の海で現れたとき、船長が「このあたりの海にはよく見かけます。」と喋っている。かつては東南アジアでも、そして沖縄でも、ジュゴンを食べる習慣があったそうで、かなり良い味であったという(そのあたりは、辺見庸『もの食う人びと』に書かれている >> リンク)。本作ではジュゴン食に踏み込んではいないが、人間との距離が近かったことをイメージさせる描きようだ。

この小説が面白いのは、現代書かれたことをメタ小説として活かしていることだ(渋澤の博学ぶりを発揮させるにはそれがよかったのか)。例えば、大蟻食いが登場すると、高丘親王のお付きの男が食ってかかる。

「それなら、私もあえてアナクロニズムの非を犯す覚悟で申しあげますが、そもそも大蟻食いという生きものは、いまから約六百年後、コロンブスの船が行きついた新大陸とやらで初めて発見されるべき生きものです。そんな生きものが、どうして現在ここにいるのですか。いまここに存在していること自体が時間的にも空間的にも背理ではありませぬか。考えてもごらんなさい、みこ。」

大蟻食いは、それは人類本位の考え方だと反論する。何でも、地球の裏側、新大陸の大蟻食いと「足の裏にぴったり対応」して、さかさまに存在するのだ、と。滅茶苦茶だ。

ひょっとしたら、同じ日本SFとして、筒井康隆『万延元年のラグビー』(1971年)を意識していたのではないか、などと想像する。その中では、井伊大老の首を奪い合う場面で、水球についての登場人物の発言に対し、別の男に、「ウォーターポロは、まだ、ない」と反論させている。また、筒井康隆は何の作品でだったか、「イースター島の地球の反対側にはウエスター島という島があり、そこからはモアイ像の足が倒立している」というギャグを書いていた記憶がある。

高丘親王一行は、東南アジアを抜けて、いよいよ師子国(スリランカ)へと向かう。もちろんスリランカの7割を占めるシンハラ人の先祖が獅子であったということを意味している(国旗にもライオンが描かれている)。投錨する予定の港は東海岸のトリンコマリー。しかし、風のために東南アジアに押し戻され、スリランカに上陸することができない。高丘親王よ、私もトリンコマリーには辿りつけなかったぞ、などと呟きながら読み続ける。私がスリランカを旅したときは内戦が激しく、LTTE(タミル・イーラム解放のトラ)が占領しているために足を運ぶことができなかった街なのである。

●参照
ヴィクトル・I・ストイキツァ『幻視絵画の詩学』、澁澤龍彦+巖谷國士『裸婦の中の裸婦』


使用済み核燃料

2011-05-07 10:17:43 | 環境・自然

国内54基の原発からは年間約1,000トン(※燃料中のウランやプルトニウムの量を表すトンウラン)の使用済み核燃料が発生している。

青森県六ケ所村での使用済み核燃料再処理を前提とした核燃料サイクルは成立しておらず、六ヶ所村の再処理工場内にある使用済み核燃料貯蔵プールは満杯である(2011年度末予定で、3,000トンの管理容量に対して2,914トンが貯蔵される)。そのため、各原発において貯蔵施設を設け、自ら出る使用済み核燃料を貯蔵している。事故を起こした福島第一の貯蔵量は多かったが、他にも同程度の使用済み核燃料を貯蔵し続けている原発は存在する。

下図は六ヶ所村を除き、2010年3月末現在の数字(「東京新聞」2010/11/28より作成)。このあと1年間で、合計して約1,000トン分が残り容量を圧迫していることになる。

●参照
○『核分裂過程』、六ヶ所村関連の講演(菊川慶子、鎌田慧、鎌仲ひとみ) >> リンク
○『原発ゴミは「負の遺産」―最終処分場のゆくえ3』 >> リンク
○東北・関東大地震 福島原子力の情報源 >> リンク
○東北・関東大地震 福島原子力の情報源(2) >> リンク
○石橋克彦『原発震災―破滅を避けるために』 >> リンク
○長島と祝島 >> リンク
○既視感のある暴力 山口県、上関町 >> リンク
○眼を向けると待ち構えている写真集 『中電さん、さようなら―山口県祝島 原発とたたかう島人の記録』 >> リンク