東京都写真美術館で、鬼海弘雄の写真展『東京ポートレイト』を観る。午前中グータラにしていたところ、14時からトークショーがあると知り、慌てて出かけたのだ。間に合った。私にとっては非常に気になる写真家のひとりである。
写真集とチラシに署名をいただいた
この写真群は、浅草の人びとに対峙し続けた『PERSONA』と、東京(および川崎などの周辺)の街を撮った『東京迷路』『東京夢譚』のシリーズから選ばれたものだ。街の写真も何か特徴や機能を簡単に説明できるようなものではなく、その意味で、やはりそれぞれ違う顔のポートレートなのである。
相変わらず、モノクロプリントのトーンをどんなミクロな場所にも見出すことができる。言葉では言い尽くせない、吐きそうなほどの感覚である。これらを次々に目の当たりにできるのは、やはり特別な体験と言わなければならない。そして、鬼海写真になのか、それとも「人間」になのか、底知れぬユーモアや生命力のようなものがある。
鬼海さんの解説付きで、1時間ほどぞろぞろと会場を歩く。もともとマグロ漁船など職を転々としていて、ある時写真をはじめ、哲学者の故・福田定良氏にポンと30万円を出してもらってハッセルブラッド500C/Mを買ったという伝説的な話。ハッセルのレンズは高いため、標準レンズだけを使うということを逆に強みとして使い、10冊ほどの作品をこのカメラとレンズの組み合わせで出したという話。そしてこれらの極めて独特な作品群の背後にある写真哲学。
被写体となった浅草の人々は、あまりにも自己が溢れており、つまらぬ意味での「真っ当」ではない。ホームレスも多い。鬼海さんは、声をかけて対峙するとき、何か上から見るとか決めつけるとかしてしまうと、そこで想像力は全停止するのだという。そうではなく、皆がナザレのイエスであるかのように向かわなければならぬのだ、と。「写真はコピーではない」と繰り返す氏の写真哲学には、人間との<際>の切実性のようなものがある。
街のポートレートについては、あえて人間を排除し、普遍性を意識しているという。話を聴いている間、横目でストゥーパの写真をどこかで見たなと気にしていると、「吉展ちゃん事件」で遺体が遺棄された場所だと説明してくれた。そうだった、一度足を運んだことがある、荒川区南千住の円通寺だった。シンクロにより記憶の引き出しが開けられるのは奇妙な感覚だ。
写真集『東京ポートレイト』(クレヴィス、2011年)とチラシに署名を頂くとき、デジカメについて訊いてみた。一度、『写真家たちの日本紀行』というキヤノンがスポンサーのテレビ番組で、鬼海さんがキヤノンのデジタル一眼レフを使っているのを観て、仰天していたのだ。曰く、いやキヤノンに1台もらったんだけど、便利すぎてつまらない、と。ヤッパリね。