内田康夫『赤い雲伝説殺人事件』(角川文庫、1986年)を読む。この類のミステリはほとんど読まない私にとって、浅見光彦シリーズ2冊目だ。その前に読んだのは『ユタが愛した探偵』という沖縄もの。本作は、山口県上関町の祝島が舞台になっている。つまりそんな興味でしか手に取っていないわけである。
ここでは、祝島は「寿島」、上関町は「大網町」という名前に変えられている。それでも、「寿島」の対岸に原発建設の計画があり、推進と反対を巡った大きな諍いがあることは同じである。「祝」と「寿」なんて洒落たものだ。
原発反対のリーダー格の老人が、東京の画廊でふと足を止める。目の前には、「寿島」の上に赤い雲がかかる様子を想像した絵が架けられていた。彼はこれを、地元で推進に転じそうになっている古老に見せて、心変わりを押しとどめようとする。しかし、政界や地元企業の利権がために、彼は殺されてしまう。
「赤い雲」が、おそらく「寿島」でも見えたであろう広島の原爆を思わせること、また、実は「寿島」の住民は平家の末裔であって、赤い狼煙が上がった時は外敵に抗して一致団結せよとの合図だったとの設定は面白い。祝島には、壇ノ浦の合戦で敗れた平景清の墓と伝えられる「平家塚」があるというが、島民が平家の末裔というのはいくらなんでも内田康夫の作り話であろう。
なかなか様々な立場の機微を描いていて、面白くはあった。謎解きも最後までわからなかった。
「いつの日か反対派が敗れ去り、岬の突端に白亜の原子力発電所がそそり建つありさまを、浅見は脳裏に描いた。
その時、寿島にはたして狼煙は上がるのだろうか。」
幻視は置いておいても、すでに狼煙は上がり続けている。
●参照
○長島と祝島 >> リンク
○長島と祝島(2) 練塀の島、祝島 >> リンク
○長島と祝島(3) 祝島の高台から原発予定地を視る >> リンク
○長島と祝島(4) 長島の山道を歩く >> リンク
○既視感のある暴力 山口県、上関町 >> リンク
○眼を向けると待ち構えている写真集 『中電さん、さようなら―山口県祝島 原発とたたかう島人の記録』 >> リンク
○『これでいいのか福島原発事故報道』 >> リンク (上関の原発反対運動について紹介した)
○1996年の祝島の神舞 『いつか 心ひとつに』 >> リンク