Sightsong

自縄自縛日記

水野仁輔『銀座ナイルレストラン物語』

2014-07-07 06:27:04 | 食べ物飲み物

水野仁輔『銀座ナイルレストラン物語』(小学館文庫、2013年)を読む。

東銀座にあるナイルレストランは、日本におけるインド料理店のパイオニアであり、鶏肉を目の前でほぐしてくれてご飯やキャベツと混ぜて食べる「ムルギランチ」が有名である。東京のインド料理好き、カレー好きの間で知らぬ者はないだろう。店主のG.M.ナイルさんも有名人で、芸能人の客も多いという。もう15年くらい前、ここで食べていると、SMAPのメンバーが外の行列で律義に待っていて仰天した記憶がある。

本書は、老舗というにとどまらない歴史をまとめていて、とても興味深い。創業者のA.M.ナイル(G.M.ナイルさんの父)は、インド国外にあってインド独立運動を進め、ラス・ビハリ・ボース(中村屋のボース)とも交友があった人物である。ここは評価の分かれるところだと思うのだが、大英帝国への抵抗の過程において、旧日本軍との関係が近かった。そのために、独立前は英国支配下のインドに戻れず、また、独立後もしばらくは、日本軍に協力したということでインドに戻ることができなかった。そのため、敗戦後の日本で食うに困り、日本人の妻の尽力で、日本初のインド料理店を開いたというわけである。

このことをカレー伝来史のなかに位置づけるなら、次のようになる。(小菅桂子『カレーライスの誕生』より)

18世紀、英国にスパイスが上陸。カレーは、上流階級のものとなった。
百年を経て、江戸末期から明治初期にかけて、英国からもうひとつの島国・日本に上陸。
日本では、当初上流階級の食べ物であり、やがて、独自の進化を遂げた。
1927年、新宿中村屋が、ボースのサポートにより、「カリ・ライス」を考案。
1949年、日本ではじめてのインド料理店として、ナイルレストラン創業。 

A.M.ナイルは料理などまったくできず、すべて妻が南パキスタンの人たちから教わって考え出したものであるという。したがって、看板メニューのムルギランチを含め、そのはじまりから、実は伝統的なインド料理でも、もちろん日本料理でも、パキスタン料理でもなかったものだったのである。 

実際に、ナイルさん父子が戦後はじめてインドに戻ったとき、オールド・デリーではじめてタンドーリ・チキンを出し始めた老舗「モティ・マハール」でも食事をして、その旨さにうなっている。それにもかかわらず、オリジナリティ追求のため、ナイルレストランでタンドーリ・チキンを出すことはしていない。

ところで、わたしも2010年に「モティ・マハール」で夕食を取ったことがある。そのとき、店員が見せてくれたのが、雑誌「Dancyu」での紹介記事だった。今も、日印のつながりがあるのだということができるかもしれない。なお、ここでは酒が飲めず、ナイルレストランではもちろん飲めるという大きな違いがある。

モティ・マハール、オールド・デリー、2010年

もう20年近く前、わたしの通勤列車の同じ時間・同じ車両に、お香の匂いを漂わせた方がいつも乗ってきて、誰だろうと思っていたことがある。その後、ナイルレストランにたまたま食事をしに行ったところ、ご本人が出てきて吃驚した。最古参の「番頭」のRさんだった。そんなわけで、朝の電車では頻繁に雑談をして、また食べに行ったりもした。

本書を読んだら、最近ご無沙汰しているお店に、またムルギランチを食べに行きたくなってしまった。

●参照
小菅桂子『カレーライスの誕生』 
尾崎秀樹『評伝 山中峯太郎 夢いまだ成らず』(ボースと山中峯太郎) 


張芸謀『サンザシの樹の下で』

2014-07-07 00:26:11 | 中国・台湾

張芸謀『サンザシの樹の下で』(2010年)を観る。(Youtubeの英語字幕版

文化大革命の時期。少女は、近くの農村に、伝承を調べに行った。農村のサンザシの樹は、抗日や革命のために力を尽した者たちの血によって、花が白でなく赤になるのだと言われていた。別の要件で来ていた青年は、実は赤いよと当たり前のことを言って少女を笑わせた。少女の父は政治犯として獄中にあり、母は病弱。家族が生きのびていくためには、色恋沙汰で後ろ指を指されるようなことがあってはならない。それでも突き進むふたり。そして、青年が病に倒れる。

初恋といえば、誰にとっても、苦しく、愚かで馬鹿馬鹿しく、しかしそのことしか視えない体験であったに違いない。巨匠は、それらのすべてを、驚くほどストレートに、ロマンチックに、しかも繊細に描いてみせる(個々の場面がフェードアウトする方法も巧い)。これを観る者は、各々の忘れかけた記憶を呼び起されるはずである。

張芸謀の映画に傑作でないものはない。


2010年、中国・杭州

張芸謀
『紅いコーリャン』(1987年)
『菊豆』(1990年)
『紅夢』(1991年)
『活きる』(1994年)
『上海ルージュ』(1995年)
『初恋のきた道』(1999年)
『HERO』(2002年)
『LOVERS』(2004年)
『単騎、千里を走る。』(2006年)