Sightsong

自縄自縛日記

はらだたけひで『放浪の聖画家 ピロスマニ』

2015-01-04 22:08:21 | 北アジア・中央アジア

はらだたけひで『放浪の聖画家 ピロスマニ』(集英社新書、2014年)を読む。

ニコ・ピロスマニ。19世紀後半から20世紀初頭までを生きたグルジアの画家である。

その素朴かつ透徹した画風は、一度観ると魅せられ忘れられない。わたしももちろん以前から知っていたものの、なかなか実物に接する機会がなかった。そんなわけで、2008年に渋谷Bunkamuraで開かれた『青春のロシア・アヴァンギャルド』展において何点も目の当たりにできたことは嬉しかった。

本書の著者は、まさにピロスマニの絵に魅了され、グルジアにも足を運び、研究し続けてきた人である。美術の専門家ではなく、愛情を向けてきた人なのだ。それゆえに、作品のひとつひとつに入り込み、それらが描かれた背景やピロスマニの心情に思いを馳せることができるのだろう。これが滅法面白く、また興味深い。

絵だけに執着したピロスマニは、プライドが非常に高く、決して周囲とうまくやっていたわけではなかった。そのため、終生不遇であった。その一方で、生活圏内のひとびとに愛された存在でもあったようだ。そして、自民族の生活文化や歴史や宗教をとても重んじた(というより、それがかれの世界であったというべきか)。

中世グルジアの詩人ショタ・ルスタヴェリも敬愛の対象であったというのだが、ここで思い出すのは、ニキータ・ミハルコフ版『12人の怒れる男』だ。オリジナルのアメリカ映画とは異なり、映画で冤罪を着せられるのはチェチェンの少年。陪審員のひとりは、少年の属性(チェチェン、貧困)に起因する偏見から自由になれない他の陪審員の発言に対し、「それではカフカス出身だからといって、ショタ・ルスタヴェリも、セルゲイ・パラジャーノフも、ニコ・ピロスマニも、能無しだったというのか!」と怒ってみせる台詞がある。ピロスマニ、ルスタヴェリ、パラジャーノフといった名前は、どのくらい民衆のものなのだろうか、知りたいところだ。

●参照
ニキータ・ミハルコフ版『12人の怒れる男』
フィローノフ、マレーヴィチ、ピロスマニ 『青春のロシア・アヴァンギャルド』


トニー・マラビー『Scorpion Eater』、ユメール+キューン+マラビー『Full Contact』

2015-01-04 09:50:55 | アヴァンギャルド・ジャズ

このところ、自分のなかでは、トニー・マラビーの存在感がどんどん増してきている。幹の中心部を抜いて樹皮や匂いといった「おいしい」部分だけを提示するサックスだなと思うこともあり、ジャズサックスらしすぎるくらいマトモな音色でブロウしていて逆に脱力することもあったり、もちろんヘンな音を出したり。

■ トニー・マラビー『Scorpion Eater』(Clean Feed、2013年)

Tony Malaby (ts, ss)
Dan Peck (tuba)
Christopher Hoffman (cello)
John Hollenbeck (ds, perc, prepared piano)

編成の特徴そのままの「Tubacello」グループ名義。どのような編成がマラビーの音楽としてベストなのか判断できないが、これが凄く面白くてエキサイティングであることは確かだ。

チューバとチェロという低音楽器からは、つい、ヘンリー・スレッギルの諸グループやレスター・ボウイのブラス・ファンタジーを思い出してしまうのだが、これは、前者のように緊密ではなく開かれており、後者のように能天気でもない。低音の奔流の中で、マラビーの音がさらに冴える。しかし、次第に暗鬱な感じになっていくのはなぜだろう。

■ ダニエル・ユメール+ヨアヒム・キューン+トニー・マラビー『Full Contact』(Bee Jazz、2008年)

Daniel Humair (perc)
Joachim Kuhn (p)
Tony Malaby (ts)

大御所ふたりとのセッション。期待通り、ユメールはシンバルを多用したスタイルでテンションをむりやり励起し、キューンも独特のフレイバーのあるピアノを聴かせる。ふたりの個性が突出しているだけに、もう少しマラビーには変化球で攻めてほしかった気もする。

キューン、ユメールとJ.F.ジェニー・クラークとの黄金トリオによる名作『Live, Théâtre De La Ville, Paris, 1989』においても演奏されていた「Ghislene」にはつい感激してしまうのだが、一方で、狂ともいうべきキューンのピアノの執拗さが希薄になっていることが残念。これによらず、近作は・・・


DUGでいただいたダニエル・ユメールのサイン

 ●参照
トニー・マラビー『Adobe』、『Somos Agua』
トニー・マラビー『Paloma Recio』
クリス・デイヴィス『Rye Eclipse』、『Capricorn Climber』(マラビー参加)
ジェシ・スタッケン『Helleborus』(マラビー参加)
ヨアヒム・キューン『Voodoo Sense』
アーチー・シェップ+ヨアヒム・キューン『WO! MAN』


園子温『気球クラブ、その後』

2015-01-04 09:05:39 | アート・映画

園子温『気球クラブ、その後』(2006年)を観る。

学生時代に「気球クラブ」に集った面々が、5年ぶりに顔を合わせる。中心人物の「村上」が交通事故に遭った、亡くなったとの電話によるものだった。懐かしさから、ふたたび馬鹿騒ぎをはじめる仲間たち。だが、誰もが、それはモラトリアムの終わりであることを認識していた。

ふわふわとした漂流を気球に、それが否応なく断ち切られる事件を時間を重力になぞらえたのだろうね。やるせなさや苦しさといった漠とした気分だけは共有できる映画。ところで、永作博美の顔と演技がどうも過剰で×。