佐谷眞木人『民俗学・台湾・国際連盟 柳田國男と新渡戸稲造』(講談社選書メチエ、2015年)を読む。
本書に取りまとめられているのは、新渡戸稲造~柳田國男~矢内原忠雄という思想の系譜である。新渡戸は、農学者として植民地台湾に赴任したことも契機として、それぞれの民族はそもそも違う特質を持つものであるからゆくゆくは独立すべきだ、という民族自決権の考えを持っていた。もちろん、ここには、台湾の民政長官を務めた後藤新平の開発独裁とも関連して、優位に立つ日本がそれを導いていくのだというパターナリズムや、驚くほどの差別意識があった。しかし、やがて支配的となる同化方針よりは遥かにまともであった。
柳田國男も矢内原忠雄も、新渡戸の薫陶を受けて、同様の思想を育てていった。ただ、柳田が独特だったのは、それが日本の地域ごとの独自性を見出していく方向に走っていったことだった。柳田は、すでに国際連盟の要職に就いていた新渡戸に引っ張られるかたちで、国際連盟で委任統治に関する委員に就任した。しかし、話し言葉としての英語やフランス語の壁に当たり、職を辞した。著者の見立てによれば、それが新渡戸との喧嘩別れの原因になった。このあたりは、いまも海外で仕事をする日本人の障壁であり、柳田がその大先輩だと思うと不思議な気持ちになる。
柳田は、後年、日本の源流を琉球に見出す(『海南小記』等)。この物語的学説について、村井紀『南島イデオロギーの発生』においては、日韓併合に関与した高級官僚としての柳田の傷心を糊塗するものだとしているのだが、著者は、その仮説を根拠なきものとする。柳田の個人的な問題だけではなく、社会全体の南島幻想を検証する必要があるというわけである。確かに『南島イデオロギーの発生』を読んだとき、やや断定的に感じたことも事実である。しかし、このような学説をリードしたのは柳田という個人であったのではないかとも思うがどうか。
●参照
柳田國男『海南小記』
村井紀『南島イデオロギーの発生』
小熊英二『単一民族神話の起源』
高良勉『魂振り』
西銘圭蔵『沖縄をめぐる百年の思想』
与那原恵『まれびとたちの沖縄』
伊波普猷『古琉球』
伊佐眞一『伊波普猷批判序説』
島尾敏雄対談集『ヤポネシア考』 憧憬と妄想
岡本恵徳『「ヤポネシア論」の輪郭 島尾敏雄のまなざし』
島尾ミホ・石牟礼道子『ヤポネシアの海辺から』