Sightsong

自縄自縛日記

小谷忠典『フリーダ・カーロの遺品―石内都、織るように』

2015-08-22 22:55:27 | 中南米

イメージフォーラムに足を運び、小谷忠典『フリーダ・カーロの遺品―石内都、織るように』(2015年)を観る。

フリーダ・カーロは1954年に亡くなった。彼女の死後、夫であったディエゴ・リベラもまた3年後に亡くなる。その前に、別の女性と再婚していた。リベラは開かずの間を定め、未亡人はその言いつけを守り、長生きした。そのようなわけで、カーロの死後50年が経って、開かずの間にあった遺品が出てきたというわけである。

メキシコのキュレーターは、石内都に、遺品の撮影を依頼する。原爆被害者の遺品を撮った仕事『ひろしま』があったゆえだろうか。このドキュメンタリー映画は、石内さんがメキシコに行き、次々に、カーロが使っていたコルセットや服や靴や薬瓶といったものを撮影してゆくプロセスを追っている。

石内さんは、ニコンF3にマイクロニッコール55mmF2.8を付け、コダック・エクター100を詰めて、どんどん撮影していく(サブカメラはリコーGR10であろうか)。そのうちに、遺品が過去のものではなく、現在に在るものとして、あるいはカーロが現在いるものとして捉えられていくのが面白い。ひとが生きることは痕跡を残すことであり、それは過去であろうと、現在という過ぎ去っていく過去であろうと変わりはない。そしてその痕跡は、絹や綿という布のマチエール、空気の中に置かれた佇まい、フィルムというマチエールと混ざってゆく。

カーロは、不便で暑苦しいように見えるオアハカの民族衣装を、ただリベラを喜ばせるために身にまとっていたわけではなかった。むしろ、メキシコ人、オアハカ人というアイデンティティをわが物にするために、自ら引き寄せていたのだった。これがわかったとき、不便さゆえに「女性差別」ではないかという指摘が、突然頭でっかちなものに転じる。映画でもっともスリリングなところだ。


アルド・ロマーノ『Complete Communion to Don Cherry』とドン・チェリーの2枚

2015-08-22 12:35:07 | アヴァンギャルド・ジャズ

アルド・ロマーノ『Complete Communion to Don Cherry』(Dreyfus、2010年)は、文字通り、ドン・チェリーに捧げられた1枚だ。

Aldo Romano (ds)
Henri Texier (b)
Geraldine Laurent (sax)
Fabrizio Bosso (tp)

この「元ネタ集」は、たとえば、ドン・チェリー『Complete Communion』(Blue Note、1965年)、『Art Deco』(A&M Records、1988年)の2枚。前者からは「Complete Communion」、「Remembrance」、「Golden Heart」、後者からは「Art Deco」、「When Will the Blues Leave」、さらにオーネット・コールマンの「The Blessing」が選ばれている。

Don Cherry (cor)
Gato Barbieri (ts)
Henry Grimes (b)
Ed Blackwell (ds) 

Don Cherry (tp)
James Clay (ts)
Charlie Haden (b)
Billy Higgins (ds)

ドン・チェリーのコルネットやトランペットの音は、相変わらず間合いが独特で、バンドメンバーと一緒に走っていくつもりがあるのかないのか。天然とか野生とか自由ということばに結びつけることは間違っていないのだ。

したがって、バンドとしての一体感よりも、チェリーのインスピレーションにより発せられる音の佇まいにばかり気を奪われてしまう。もちろん、エド・ブラックウェルも、ガトー・バルビエリも、チャーリー・ヘイデンも、個性満開のいい音を出しているのではあるが。

そういった唯一無二の音楽と比べると、ロマーノの盤は同じ曲を演っていてもまるで違うように聴こえる。色っぽいテキシェのベースも、マニッシュにともかく前を見据え進撃するロマーノのドラムスも良い。しかし、何しろファブリツィオ・ボッソが端正でストレート過ぎて、違うものは違うとしか言いようがない。これはこれで素晴らしい演奏なのに、「なんだかヘン」なチェリーを聴いたあとでは分が悪い。


アルド・ロマーノ(2010年、パリ) Leica M3、Summicron 50mmF2.0、Tri-X(+2増感)、フジブロ4号

●参照
アルド・ロマーノ『New Blood Plays "The Connection"』
アルド・ロマーノ、2010年2月、パリ
オーネット・コールマン集2枚
ジャズ的写真集(5) ギィ・ル・ケレック『carnet de routes』
ダラー・ブランド+ドン・チェリー+カルロス・ワード『The Third World - Underground』
ドン・チェリーの『Live at the Cafe Monmartre 1966』とESPサンプラー
ウィルバー・ウェア『Super Bass』(ドン・チェリー参加)
エド・ブラックウェルとトランペッターとのデュオ(ドン・チェリー参加)
富樫雅彦『セッション・イン・パリ VOL. 1 / 2』(ドン・チェリー参加)
『Interpretations of Monk』(ドン・チェリー参加)
『Jazz in Denmark』 1960年代のバド・パウエル、NYC5、ダラー・ブランド(ドン・チェリー参加)
ザ・ジャズ・コンポーザーズ・オーケストラ(ドン・チェリー参加)
シャーリー・クラーク『Ornette: Made in America』 再見(ドン・チェリー登場)
シャーリー・クラーク『Ornette: Made in America』 オーネット・コールマンの貴重な映像(ドン・チェリー登場) 


吉村昭『高熱隧道』

2015-08-22 10:00:43 | 東北・中部

吉村昭『高熱隧道』(新潮文庫、原著1967年)を読む。

有名な「黒四」の前に、富山県の黒部川に「黒三」(黒部川第三水力発電所)が建設された。1936年着工、1940年完工・運転開始。今はない日本電力が複数の土建会社に発注して建設させたものであり、秘境ゆえ、ダム建設の資材を運搬するためのトンネル掘削が必要であった。

この掘削工事が難物だった。温泉湧出地帯のため、岩盤温度は次第に上がっていき、最高160℃以上にも達した。そこで掘削しダイナマイトを仕掛けるのは人夫であり、熱中症や火傷で次々と亡くなっていった。ダイナマイトを発破させる前に、自然発火して多くの犠牲者を生みもした。また、越冬期には「泡雪崩」(ホウ雪崩)が起き、衝撃力で、鉄筋コンクリートの宿舎がそのまま山を越えて600mも吹き飛ばされた(!)。

施主や技師はとにかく貫徹させたいという狂える一念。人夫は命と引き換えに得られる高額の日当。そして国は、戦争遂行に電力をなんとしても必要とした。事故が起きるたびに、富山県と富山県警は何度もやめさせようとしたが、犠牲者たちに天皇のご下賜が出ると、すべては一転して抑止力がなくなった。文字通りの狂気である。

戦後は、戦争遂行のためではなく、経済発展のために電力を必要として、やはり多くの犠牲者を出して「黒四」が作られた。そちらは美談にさえなっているが、もちろん、構造は同じである。熊井啓『映画「黒部の太陽」全記録』によれば、「黒三」では多くの朝鮮人労務者が使われたというが、そのことは吉村昭の小説には出てこない。そして、石原裕次郎が演じる映画の主人公の父親は、「黒三」において朝鮮人労務者を強制的にこきつかったという設定であったところ、その描写を削れという抗議があったのだという。なお、『黒部の太陽』は、巨大ダム造りを進めるプロパガンダとして、各河川の漁協説得に使用された歴史を持つ。

つまるところ、「黒三」と「黒四」とは一続きの歴史として捉えるべきか。

●参照
熊井啓『黒部の太陽』
ダムの映像(2) 黒部ダム
天野礼子『ダムと日本』とダム萌え写真集
吉村昭『破獄』


パスカル・ルブーフ『Pascal's Triangle』

2015-08-22 09:25:03 | アヴァンギャルド・ジャズ

双子のルブーフ兄弟の弟、パスカル・ルブーフによるピアノトリオ『Pascal's Triangle』(Le Boeuf Music、2013年)を聴く。

Pascal Le Boeuf (p)
Linda Oh (b)
Justin Brown (ds)

この4月にNYを訪れたときもドラムスのジャスティン・ブラウンと組んで「Smalls」に登場していたのだが、残念ながら時間が合わず観ることができなかった。わたしの目当ては、その時も、この盤も、そのジャスティンだ。アンブローズ・アキンムシーレの諸作などで叩いている音を聴いて、無重力空間に身を置きつつ全方面からパンチを繰り出してくる有様は、まるで、『はじめの一歩』の板垣だと思った。

ここでも、パスカルの流麗なピアノと堅実に音楽を進めていくリンダ・オーのベースと並んで、ジャスティンのパルスは、どこを向いて聴けばいいのだろうという「プラネタリウム」状態。ナマで観たい。

●参照
アンブローズ・アキンムシーレ『The Imagined Savior is Far Easier to Paint』(ジャスティン・ブラウン参加)
アンブローズ・アキンムシーレ『Prelude』(ジャスティン・ブラウン参加)
デイナ・スティーブンス『That Nepenthetic Place』(ジャスティン・ブラウン参加)
ジェリ・アレン、テリ・リン・キャリントン、イングリッド・ジェンセン、カーメン・ランディ@The Stone(リンダ・オー参加)