Sightsong

自縄自縛日記

万城目学『プリンセス・トヨトミ』

2011-05-14 11:58:38 | 関西

気分転換に、万城目学『プリンセス・トヨトミ』(文春文庫、原著2009年)を読む。「まんじょうめ・まなぶ」ではなく、「まきめ・まなぶ」である。『ウルトラQ』の万城目淳が頭に刷り込まれていて、この本を手に取るまで知らなかった。

500頁を超える長編小説だが、ひたすら面白く、合間を見つけては読み続けた。もうすぐ映画も公開されるというので、もう登場人物の顔を思い浮かべながら読むことができる・・・と思っていたら、会計監査院の脇役ふたりの男女が入れ替わっていた。長身で優秀な女性「旭・ゲーンズブール」は綾瀬はるかではなく、岡田将生である。

豊臣が滅ぼされてからのち、生き残りの末裔をシンボルとして、「大阪国」が今に至るも続いている。毎年5億の日本国家予算がその存続に充てられている。大阪の大人の男はみんな知っているものの、決して口には出さない。父から息子への口伝えである。そんなアホな話はありえない、しかし大阪であるせいか、奇妙にリアルなホラ話を聴かせてもらったような良い気分である。

大阪をそんなにうろついていないため、「坂の町」という印象はない。しかし、ここで舞台となる「空掘商店街」は坂の中の商店街として実在しているし、そういえば、北井一夫『新世界物語』も、階段の多い風景を撮っていたのだった。次に大阪に足をはこぶ時は、また鶴橋で焼肉を食べるか、大正区の沖縄タウンを彷徨してみようかなどと思っていたのだが、こうなれば、空掘商店街でお好み焼きを食べるべきか。


安部公房の写真集

2011-05-09 01:08:50 | 写真

手元に安部公房の写真集がある。『Kobo Abe as Photographer』(Wildenstein Tokyo、1996年)、1993年に安部公房が亡くなったあとに開かれた写真展のカタログである。中学生のころから熱心な安部ファンであった私は、シンポジウムにも足を運んだのだったが、この写真展のことは知らなかった。それだけに、何年か前、古本屋でカタログを見つけたときは嬉しかった。

『箱男』での孔から覗いたような写真や『方舟さくら丸』での立体写真など、安部公房の作品には写真がときどき挿入されていた。メカ好きの安部はカメラ好きでも知られており、ミノルタCLEコンタックスRTSを愛用していたはずだ。ただ、その写真群は作家の余技の域にあるものではなく、あきらかに作家活動の一部をなしていた。

改めて凝視すると、さまざまな印象が浮上してくる。小さいもの・ディテールに注がれた偏愛。ミクロへの視線、すなわち、「劣化」への期待。ミクロへの偏執と、ミクロが立ちはだかることによって先に進めないという病根。「悪意」の存在。悪意の存在は、あざといまでの意味付与の反映でもあったと感じる。意味は自分で感知しろと放置したつもりのインテリ・安部公房、しかし、ことばを込めずにはいられなかったということだ。

娘・安部ねりによる評伝が公表されているが、まだ手に取っていない。


サインホ・ナムチラック『TERRA』

2011-05-08 09:37:38 | アヴァンギャルド・ジャズ

サインホ・ナムチラックヴォルフガング・プシュニクパウル・ウルバネクとトリオを組んで、2007年のヴィリニュス・ジャズ・フェスティヴァルで繰り広げたパフォーマンスが、『TERRA』(Leo Records、2010年)となって出ている。サインホはヴォイス、プシュニクはリード楽器(サックス、フルート)、ウルバネクはピアノを演奏する。

ピアニストのウルバネク(Paul Urbanek)の名前を初めて聴くが、どうやらプシュニクと同じオーストリアの出身のようで、ポール・アーバネックではなくドイツ語読みが正しい。

まずは、ずいぶん聴きやすくなったものだという印象を抱く。サインホに初めて触れたのは、ソロ・ヴォイス・パフォーマンス集『Lost Rivers』(FMP、1992年)であったが、怪鳥か妖怪か、凄まじい声の噴出に、拷問を甘んじて受けているような思いを味わいながら聴いたものだった。それに比べると、正統的なプシュニクのフルートやサックス、さらにECM盤かというようなウルバネクの和音の美しいピアノと溶けあって、モダンジャズの境界内に入ってきている感がある。

勿論、サインホのヴォイスの超絶技巧は健在だ。高音から低音までの音域の広さ、語るようなこぶし、喉歌による倍音(サインホはロシアのトゥヴァ共和国出身であるから、喉歌=ホーメイ)。時には、トゥヴァの素朴な民謡そのものにも聴こえる。

これならば、サインホもかつてのようにはキワモノ扱いされないはずだ。久しぶりに来日してほしい。

もうひとつの願いは、大谷石地下採石場跡で撮られたサインホのソロ・パフォーマンス映像をDVD化してほしいということ。六本木の「将軍」というクラブで、音楽評論家・副島輝人氏がサインホのライヴを企画し、あわせて上映したものである。久しぶりに副島氏撮影の貴重な8ミリ映像(>> リンク)も上映される。サインホの映像もぜひ。

●参照
サインホ・ナムチラックの映像
TriO+サインホ・ナムチラック『Forgotton Streets of St. Petersburg』
姜泰煥+サインホ・ナムチラック『Live』
ネッド・ローゼンバーグ+サインホ・ナムチラック『Amulet』
テレビ版『クライマーズ・ハイ』(大友良英+サインホ)
金石出『East Wind』、『Final Say』(プシュニク参加)
ウィーン・アート・オーケストラ『エリック・サティのミニマリズム』(プシュニク参加)
亀井岳『チャンドマニ ~モンゴル ホーミーの源流へ~』(喉歌)
ハカス民族の音楽『チャトハンとハイ』(喉歌)


澁澤龍彦『高丘親王航海記』

2011-05-07 22:11:37 | 思想・文学

澁澤龍彦『高丘親王航海記』(文春文庫、原著1987年)を読む。何をかなしんでか休日まで金融の勉強をしなければならないのだが、移動時間には好きなものを読んでよいことにする。そうすると妙に熱中して読みふけってしまう。現実逃避に他ならず、昔からの悪い癖である。

高丘親王は9世紀の人、桓武天皇の孫、平城天皇の子。入唐し、天竺行きを志すも東南アジアで消息不明になったという記録がある。この、碩学・澁澤龍彦唯一の長編小説は、高丘親王の不思議な旅をフィクションとして夢想している。夢想は本当に夢想であり、夢と現を行き来しながら、下半身が鳥の裸女、顔が犬にして局部に鈴をつけた男、とがった口からぺろぺろと長い舌を出す大蟻食い(結構なインテリ)、海から入道のように現れては話をするジュゴンなど、想像を絶する世界を見せつける。いや面白い面白い。

ジュゴンを「儒艮」と書く。全身薄桃色、肛門から虹色のシャボン玉のような糞が飛びだしてはふわふわと空中を漂い、ぱちんと割れて消える。海南島から東南アジアに向かう途中の海で現れたとき、船長が「このあたりの海にはよく見かけます。」と喋っている。かつては東南アジアでも、そして沖縄でも、ジュゴンを食べる習慣があったそうで、かなり良い味であったという(そのあたりは、辺見庸『もの食う人びと』に書かれている >> リンク)。本作ではジュゴン食に踏み込んではいないが、人間との距離が近かったことをイメージさせる描きようだ。

この小説が面白いのは、現代書かれたことをメタ小説として活かしていることだ(渋澤の博学ぶりを発揮させるにはそれがよかったのか)。例えば、大蟻食いが登場すると、高丘親王のお付きの男が食ってかかる。

「それなら、私もあえてアナクロニズムの非を犯す覚悟で申しあげますが、そもそも大蟻食いという生きものは、いまから約六百年後、コロンブスの船が行きついた新大陸とやらで初めて発見されるべき生きものです。そんな生きものが、どうして現在ここにいるのですか。いまここに存在していること自体が時間的にも空間的にも背理ではありませぬか。考えてもごらんなさい、みこ。」

大蟻食いは、それは人類本位の考え方だと反論する。何でも、地球の裏側、新大陸の大蟻食いと「足の裏にぴったり対応」して、さかさまに存在するのだ、と。滅茶苦茶だ。

ひょっとしたら、同じ日本SFとして、筒井康隆『万延元年のラグビー』(1971年)を意識していたのではないか、などと想像する。その中では、井伊大老の首を奪い合う場面で、水球についての登場人物の発言に対し、別の男に、「ウォーターポロは、まだ、ない」と反論させている。また、筒井康隆は何の作品でだったか、「イースター島の地球の反対側にはウエスター島という島があり、そこからはモアイ像の足が倒立している」というギャグを書いていた記憶がある。

高丘親王一行は、東南アジアを抜けて、いよいよ師子国(スリランカ)へと向かう。もちろんスリランカの7割を占めるシンハラ人の先祖が獅子であったということを意味している(国旗にもライオンが描かれている)。投錨する予定の港は東海岸のトリンコマリー。しかし、風のために東南アジアに押し戻され、スリランカに上陸することができない。高丘親王よ、私もトリンコマリーには辿りつけなかったぞ、などと呟きながら読み続ける。私がスリランカを旅したときは内戦が激しく、LTTE(タミル・イーラム解放のトラ)が占領しているために足を運ぶことができなかった街なのである。

●参照
ヴィクトル・I・ストイキツァ『幻視絵画の詩学』、澁澤龍彦+巖谷國士『裸婦の中の裸婦』


使用済み核燃料

2011-05-07 10:17:43 | 環境・自然

国内54基の原発からは年間約1,000トン(※燃料中のウランやプルトニウムの量を表すトンウラン)の使用済み核燃料が発生している。

青森県六ケ所村での使用済み核燃料再処理を前提とした核燃料サイクルは成立しておらず、六ヶ所村の再処理工場内にある使用済み核燃料貯蔵プールは満杯である(2011年度末予定で、3,000トンの管理容量に対して2,914トンが貯蔵される)。そのため、各原発において貯蔵施設を設け、自ら出る使用済み核燃料を貯蔵している。事故を起こした福島第一の貯蔵量は多かったが、他にも同程度の使用済み核燃料を貯蔵し続けている原発は存在する。

下図は六ヶ所村を除き、2010年3月末現在の数字(「東京新聞」2010/11/28より作成)。このあと1年間で、合計して約1,000トン分が残り容量を圧迫していることになる。

●参照
○『核分裂過程』、六ヶ所村関連の講演(菊川慶子、鎌田慧、鎌仲ひとみ) >> リンク
○『原発ゴミは「負の遺産」―最終処分場のゆくえ3』 >> リンク
○東北・関東大地震 福島原子力の情報源 >> リンク
○東北・関東大地震 福島原子力の情報源(2) >> リンク
○石橋克彦『原発震災―破滅を避けるために』 >> リンク
○長島と祝島 >> リンク
○既視感のある暴力 山口県、上関町 >> リンク
○眼を向けると待ち構えている写真集 『中電さん、さようなら―山口県祝島 原発とたたかう島人の記録』 >> リンク


比嘉豊光『赤いゴーヤー』

2011-05-05 09:47:49 | 沖縄

比嘉豊光『赤いゴーヤー』(ゆめあ~る、2004年)を紐解く。1970年から72年にかけてアサヒペンタックスで撮られたモノクロ写真群である。

70年のコザ暴動において焼かれ、ひっくり返されたクルマ。基地の米兵やアメリカン・ウェイ・オブ・ライフを楽しむ米国人たち。首里や南部ややんばるや読谷の人びと、風景。

鮮明な写真作品は少ない。ほとんどは傾き、ピンボケで、被写体ブレや手ブレを起こし、過度の露出不足によりフィルムと印画紙のマチエール感が露わになっている。クルマ内からノーファインダー、カメラの制御なしに撮られたものが多い。いわゆる「アレブレ」の「コンポラ」写真として分類するならば、できるだろう。しかし、クラスターとしてこの写真群が持つ迫力はただものでない。当時流行の手法であるとか、作為であるとか、明らかに、そのような後付けの理屈を何とも思わないであろう位置にあると言うことができる。

この写真群は、沖縄の施政権返還直後、1972年6月に琉球新報ホールにおいて、壁面いっぱいを埋め尽くす形で展示されたという。すでにヤマトゥから、東松照明が沖縄に関わりはじめており、写真家たちの先達となっていた。その東松照明により、写真群は、「沖縄とは、現実とは、闘争とは、大学とは、写真とは何か! 疑問符とは、求めても得られぬ答えの謂だ」と高く評価されている。(仲里効『フォトネシア』、未來社、2009年)

森山大道、中平卓馬、高梨豊、多木浩二により『プロヴォーク』がスタートしたのが1968年、アレブレボケはその時代とシンクロした先鋭的な写真表現であった。その先行者でもあった東松照明は、タイミング的にコンポラを横目に見ながら沖縄入りし、コンポラへの挑発を行う。アレブレとコンポラとを表裏の関係をなすものとして、「流行」として支持しながらも、意地悪く。

「・・・コンポラ患者を「現状認識は肯定的・・・・・・写真の機能的性能に疑いをもたず、また、価値の選択を自らの感性にゆだねてしまう・・・・・・一人一人ばらばらで、患者であることさえも自覚していない・・・・・・存在自体が希薄で人に不快感を与えない。体制にとって無害無毒」と分析し、dementia(開放性痴呆症)と診断している。」
「・・・アレ・ブレ患者は「(現実認識は)否定的・・・・・・やや意識的・・・・・・写真の機能をややうさん臭いものと直感し、その破壊を試みている・・・・・・相互に連帯感をもち、患者としての自覚を強めている・・・・・・メカニズムの破壊を企てるゆえに、有毒有害なものとして体制からしめ出される」とし、病名をautism(自閉症)と診断する。」
(西井一夫『なぜ未だ「プロヴォーク」か』、青弓社、1996年)

この皮肉な東松照明が、一方では、沖縄で純真な自身を発露させている。

「いま、問題となっているのは、国益のためとか社会のためといったまやかしの使命感だ。率直な表現として自分のためと答える人は多い。自慰的だけどいちおううなずける。が、そこから先には一歩も出られない。ぼくは、国益のためでも自分のためでもないルポルタージュについて考える。 被写体のための写真。沖縄のために沖縄へ行く。この、被写体のためのルポルタージュが成れば、ぼくの仮説<ルポルタージュは有効である>は、検証されたことになる。波照間のため、ぼくにできることは何か。沖縄のため、ぼくにできることは何か。」(「南島ハテルマ」、『カメラ毎日』1972年4月号所収)

そして沖縄という「自身が発見」したフィールドにおいて、コンポラ・アレブレの流行的手法を用いた比嘉豊光の写真を絶賛した。これはどういうことなのか。すぐれた写真群を生み出してきたことは前提としても、先鋭なことばを意識的に使い分けた政治的な写真家として評価されてもよいのではないか。

●沖縄写真
比嘉豊光『光るナナムイの神々』『骨の戦世』
東松照明『南島ハテルマ』
東松照明『長崎曼荼羅』
「岡本太郎・東松照明 まなざしの向こう側」(沖縄県立博物館・美術館)
平敷兼七、東松照明+比嘉康雄、大友真志
仲里効『フォトネシア』
『LP』の「写真家 平敷兼七 追悼」特集
沖縄・プリズム1872-2008
石川真生『Laugh it off !』、山本英夫『沖縄・辺野古”この海と生きる”』
豊里友行『沖縄1999-2010』、比嘉康雄、東松照明
豊里友行『彫刻家 金城実の世界』、『ちゃーすが!? 沖縄』
豊里友行『沖縄1999-2010 改訂増版』

●プロヴォーク
高梨豊『光のフィールドノート』
森山大道「NAGISA」、沢渡朔「Cigar - 三國連太郎」、「カメラとデザイン」、丸尾末広
森山大道「Light & Shadow 光と影」
森山大道「レトロスペクティヴ1965-2005」、「ハワイ
森山大道「SOLITUDE DE L'OEIL 眼の孤独」


エリック・ドルフィー『At the Five Spot』の第2集

2011-05-04 12:24:11 | アヴァンギャルド・ジャズ

エリック・ドルフィーのCDも随分手放してしまい、手元に残っているのは『Last Date』(Fontana、1964年)と『At the Five Spot』2枚組(Prestige、1961年)だけだ。それだけに愛着があってよく聴く。前者は、何しろミシャ・メンゲルベルグハン・ベニンクが参加している。

『At the Five Spot』は、1961年7月16日のライヴ一続きだが、最初に聴いて鮮烈な印象が残ったのが2枚目の方だったこともあり、いまだ1枚目よりも好きである。誰かがテーマのメロディーを口ずさみ、ざわざわした中でエド・ブラックウェルのお祭りのようなタイコからはじまる「Aggression」。ブッカー・リトルの火が付いたようなトランペットソロがすさまじい。下手すると演奏がぶち壊しになってしまうような、つんざく音をおもむろに差し挟む。皆驚かなかったのか、それとも以前からそうだったのか、それともそんなことで驚くような面々ではないのか。

エリック・ドルフィー(バスクラリネット、フルート)、ブッカー・リトル(トランペット)、マル・ウォルドロン(ピアノ)、リチャード・デイヴィス(ベース)、エド・ブラックウェル(ドラムス)という、今では考えられないメンバーである。マル・ウォルドロンの執拗に同じ和音を繰り返すソロは素晴らしい。そのマルも2002年に亡くなり、もはやリチャード・デイヴィス以外は鬼籍に入ってしまっている。

ドルフィーについては、1曲目のバスクラも当然良いが、2曲目「Like Someone in Love」のフルートソロが本当に美しい。『Last Date』での「You Don't Know What Love Is」、『Far Cry』での「Left Alone」など、ドルフィーのフルートは心に残る。


1999年にリチャード・デイヴィスにサインを頂いた

●参照
エルヴィン・ジョーンズ+リチャード・デイヴィス『Heavy Sounds』
マル・ウォルドロン最後の録音 デイヴィッド・マレイとのデュオ『Silence』


ガヤトリ・C・スピヴァク『ナショナリズムと想像力』

2011-05-04 06:07:43 | 思想・文学

ガヤトリ・C・スピヴァク『ナショナリズムと想像力』(青土社、原著2010年)を読む。スピヴァクがブルガリアで行った講演録である。

 

ここに登場する想像力には、おそらく2種類ある。ナショナリズムを支える想像力と、自らの心の拠り所を超えて、眼に見えないものを考える想像力である。ヨーロッパには「私」的なものがないとする点はわかりにくいが、ともかく、「公」をそれぞれ「私」に近づけ、それを拡大していく想像力をナショナリズムの原点に置く著者の主張は納得できる。常に近くにまで来ているユートピアを引寄せるためには、そのような想像力ではなく、心の中の所与の権力構造を解体し、すべてを等価(equivalent)なものとして見なすよう努める想像力を発揮するのだ、ということである(ユートピアは永遠に到来しない。近寄せ続けるだけである)。

ともかくも比較を続けること、それらを等価に置くこと。すべてを再分配し続けること。ネイションもひとつの虚構の物語であると意識すること。英語の利用をグローバリズムの象徴として捉えてはならないこと。国民国家という夢はナショナリズムの再コード化に他ならないこと(スピヴァクは、エドワード・サイードがパレスチナに関する二国家解決を拒否し、一つの国家のなかにパレスチナ人とユダヤ人が共存する「一国家解決」を説いたと称賛している)。そのような点で、スピヴァクの主張はシンプルかつ困難なものであり、だからこそ意義があるように思われる。

「ナショナリズム」について、いくつか思いだしてみる。

デイヴィッド・ハーヴェイ 新自由主義は、市場の自由を標榜しながら、実は逆に、ナショナリズムが効率的に機能する仕組になっている。(>> リンク
高橋哲哉 マジョリティ(民族的多数派)のナショナリズムはもはや「健全」ではありえない。それは必然的に暴力を孕み、排外主義を孕んでしまう。(>> リンク
村井紀 日本のナショナリズムを相対化する柳田國男らの試みは、実は、排他性が組み込まれたナショナリズムそのものであった。(>> リンク
加々美光行 孫文による、国境・宗教・民族などさまざまな要素を丸呑みする普遍的な「中華ナショナリズム」は、その抵抗的性格を失ってしまうと精神を失い、排他性を強め、自己を尊大視するものと化した。(>> リンク)(>> リンク
徐京植 「死者への弔い」が、たえず「他者」を想像し、それとの差異を強調し、それを排除しながら、「鬼気せまる国民的想像力」によって、近代のナショナリズムを強固にしている。(>> リンク


L・ヤーコブソン+D・ノックス『中国の新しい対外政策』

2011-05-03 11:00:03 | 中国・台湾

リンダ・ヤーコブソン+ディーン・ノックス『中国の新しい対外政策 誰がどのように決定しているのか』(岩波現代文庫、2011年)を読む。

「共産党=上意下達」という印象に囚われて、中国政府を一枚岩のように、あたかも巨大な意思を持った人格のように捉える人は多い。そこまで考えなくても、例えば反日デモ、河北省石家荘の毒入り餃子ギョーザ事件、この間の尖閣諸島問題のときを思い出してみるとよい、いかに多くの人たちが、すぐに中国を政府であろうと個人であろうと十把一絡げに扱いはじめることを。日本だけではないだろうが、明らかに日本社会の知的退行を示すものだろう。

中国国民総体、あるいはそれぞれの意識は置いておいても、中国政府についても不可解なことが多い(自分のフィールドである温暖化分野についても、常に不可解さがついてまわる)。ギョーザ事件では地方政府の独走とする加々美光行氏の分析(>> リンク)があったが、本書は、さらに中国政府の意思決定全般の濃淡について分析している。しかも当事者たちの匿名インタビューを基にしており、日本によくある思い込みや色眼鏡はかなり排除されている。

習近平や李克強の名前には一言も触れていない。そのような政局本ではないということである。

本書によると、
○9人で構成される党中央政治局常務委員会は頻繁に開かれ、最終的な政策決定機関である(例、原子炉購入先として仏アレヴァと米WHとの選択は胡錦濤が最終承認)。
○しかし、それに影響を与える組織や要因は年々増してきている。政策研究室書記処弁公庁は外交の局面で最高指導者と深く接触している。
外交部の決定力は落ちている(例、コペンハーゲンでの温暖化関連の合意に発展改革委員会が反対)。
○海外の中国系企業の活動に関して、常に商務部と外交部が競合している。
国家安全部の対外政策への影響力が、チベット、新疆、北京五輪対策を機に増強した。国際化によって、人権問題、権力の透明化、信頼性のような問題で党の筋道が乱されることを憂慮している。
人民解放軍の行動は規制されているが、処分されるリスクと引き換えに、文民指導者に政策提言を直訴できる。海洋安全保障という文脈において、彼らの重要性が高まってきた。国際社会に過度に関わることで、領土紛争や主権問題について指導部が妥協的になることを恐れてもいる。
○中国における政策決定は「合意形成」(満場一致)を原則とするため、失敗して失脚するリスクを誰も負わないよう曖昧な主張が目立ち、ネゴのために膨大な努力が払われる。従って、敏感な問題についての決定過程は長く、時に行き詰まる。
○「和諧社会」(調和のある世界)と、日本や欧米から苦しめられた「屈辱」を背景とした民族主義的感情とが、常に矛盾を引き起こしている。
大学やシンクタンクには大きな制約があり、政策に沿わない発言の影響力は小さい。一方、率直・熱烈な、研究者と対外政策幹部との内部討論会が存在する。
○中国政府はもはやネット言論を無視できないため、監視と、好ましくない見解を圧倒するための大量の書き込みを行っている。
○より広範には、登場しつつある利益集団のすべてで、中国は先進工業国の要求に「より従順でない」立場をとるべきだと要求する声がある(例、温暖化、イラン・北朝鮮への制裁、スーダン対策、米国の台湾への武器輸出、南シナ海が「核心的利益」であること、各国のダライ・ラマとの面会)。

結論は、対外政策の決定に関する権限がばらばらになっている、ということである。それを捉えるのは簡単ではなく、単に敵視または擁護の立場をとることの危さも示してくれる。

●参照
天児慧『巨龍の胎動』
天児慧『中国・アジア・日本』
沙柚『憤青 中国の若者たちの本音』
『世界』の特集「巨大な隣人・中国とともに生きる」
『情況』の、「現代中国論」特集
加々美光行『裸の共和国』
加々美光行『現代中国の黎明』 天安門事件前後の胡耀邦、趙紫陽、鄧小平、劉暁波
加々美光行『中国の民族問題』
堀江則雄『ユーラシア胎動』
竹内実『中国という世界』
藤井省三『現代中国文化探検―四つの都市の物語―』


『blacksheep 2』

2011-05-03 09:28:08 | アヴァンギャルド・ジャズ

『blacksheep 2』(doubt music、2011年)を何度も聴いている。もっと奇抜でエキセントリックな演奏かという先入観は、良い意味で裏切られた感がある。バリトンサックスとバスクラリネット、トロンボーン、ピアノという楽器の個性をいろいろに出そうという衝動(つまり変な音)とアンサンブル、じわじわと面白みが出てくる。

メンバーは吉田隆一(バリトンサックス、バスクラリネット)、後藤篤(トロンボーン)、スガダイロー(ピアノ)(以下、それぞれY、G、S)。まだ実際の演奏を目の当たりにしたことがない。聴きにいった後であれば、もっとこの音源を愉しめるんだろうね。

公開録音に立ち会った方の話によれば、同じ曲を何度も演奏したということで、その分、アンサンブルの強度も増しているように思える。また、当初の想定タイトルは『SF』で、スタンリー・キューブリック『博士の異常な愛情』のエンディングテーマ曲(爆弾とともに流れる脱力的な奴)も演奏されたそうである。実際に、CDの1曲目は「時の声」、J.G.バラードの同名の小説に捧げられている。ところで、筒井康隆『邪眼鳥』に捧げられた山下洋輔の「J.G.Bird」という曲があって、本人に1997年ころにバラードのことを意識したのか訊ねてみると、「まあ結果的にね!」とはぐらかされた記憶がある。

その1曲目は、Sの単音からはじまり、次第にYとGが入ってくる。トロンボーンは苦しみの声のようだ。バリトンは鳴りまくっている。またSの単音で終わる。2曲目「重力の記憶」は、象の希望の雄叫びのようなYとGのふたりが重なり合っていき、イメージを増幅させる。3曲目「滅びの風」は、バリトンのブルージーさが印象的、片山広明のど演歌テナーサックスのようだ。Sのピアノの強靭さも凄い。4曲目「星の街」での強く進むマーチ風のアンサンブルは、まるで『ウルトラセブン』世界だ。一転して静かな5曲目「星の灯りは彼女の耳を照らす」は、YとGとが薄紙を重ね合わせるように音を作っていき、その中にピアノが楔のように打ち込まれる。6曲目「にびいろの都市」では、モンク風のピアノに続き、トロンボーンがフィーチャーされる。その中でも暴れるYの声が愉しい。7曲目「切り取られた空と回転する断片」は、1曲目との対照的な構成を意識したのか、やはりピアノの単音で挟みこまれる。爆発的なピアノが下から持ち上げる印象のアンサンブルが良い。

前作を聴いていなかったことを後悔させられる。ライヴにも行くことができるかな。

●参照(doubt music)
アクセル・ドゥナー + 今井和雄 + 井野信義 + 田中徳崇 『rostbeständige Zeit』
大友良英+尾関幹人+マッツ・グスタフソン 『ENSEMBLES 09 休符だらけの音楽装置展 「with records」』
翠川敬基『完全版・緑色革命』


齋藤徹による「bass ensemble "弦" gamma/ut」

2011-05-03 01:13:41 | アヴァンギャルド・ジャズ

何をかなしんでか連休の谷間にも仕事、早めにぬけて、久しぶりに西荻窪のアケタの店に足を運んだ。

齋藤徹さんの新しいグループ、「bass ensemble "弦" gamma/ut」のライヴである。何と5人のベース・アンサンブル。狭いライヴハウスに5本のコントラバスが置かれているだけで壮観である。

最初の曲は韓国リズムによる「Stone Out」。タイトルは金石出の名前から取られている。ついこの間、2枚まとめて金石出のアルバムを聴いて感嘆していたばかり、韓国リズムだけでなく体内リズムも西荻に呼ばれていた。演奏のリズムは次第に収斂していく。2曲目は「Tango Eclipse」、タンゴのビートを弾く者が交代していき、アルコを弾く音は色っぽい。そして一転して繊細な和音を形成する。その次は皆がベースを横に倒し、何をするのかと思っていると、外から救急車の音。演奏はそのサイレン音を展開していく。

休憩を挟んでの1曲目は何だろう、懐かしいアルコの旋律が薄紙のように重なっていく。テツさんが爪弾きはじめ、風のように全員に波及して、さらにガラスの響きを思わせるやさしい音である。2曲目は「浸水の森」、暗い沼の気分にさせてくれる哀しいメロディだ。ベースの胴体を叩き、全員で鈴を賑々しくかき鳴らしてもなお哀しい。激しいアクションとともに、弦に触りそうで微妙にしか触らない演奏はアントニオーニ『愛のめぐりあい』的。

最後は「for ZAI~オンバク・ヒタム桜鯛」、テツさん本人曰く、「アジアっぽいリズムで、インドネシアだとか琉球だとか出てくる、最初はバリ島のカエルの合唱から」。洗濯板のような棒を使ってのカエルの声、笛を吹きながらのアルコ、棒でばちばちと弦を叩きながらの津軽三味線や奄美の三線を思わせる民謡旋律、琉球コードでは板を弦にこすりつけて指笛のような音色を出す。そして、わらべうたのようなメロディを奏で、ひとりひとりが(巧いとは言えない)唄を口ずさむ。ここに至って、うたは何かに収斂し、黒潮化した。

やはりテツさんの音楽は人間の大きな音楽。聴いてよかった。

あまりにも腹が減って、西荻駅前の「ひごもんず」で角煮ラーメンを食べて帰った。

●参照
齋藤徹、2009年5月、東中野
齋藤徹「オンバク・ヒタム」(黒潮)
久高島で記録された嘉手苅林昌『沖縄の魂の行方』、イザイホーを利用した池澤夏樹『眠る女』、八重山で演奏された齋藤徹『パナリ』
齋藤徹+今井和雄『ORBIT ZERO』
往来トリオの2作品、『往来』と『雲は行く』
ミッシェル・ドネダと齋藤徹、ペンタックス43mm
ユーラシアン・エコーズ、金石出
『人はなぜ歌い、人はなぜ奏でるのか』 金石出に出会う旅
金石出『East Wind』、『Final Say』


キャノンボール・アダレイ『Somethin' Else』

2011-05-01 22:51:53 | アヴァンギャルド・ジャズ

キャノンボール・アダレイ『Somethin' Else』(Blue Note、1958年)は、ジャズ・ファンであれば誰もが知る「名盤」であり、マイルス・デイヴィスが実質的なリーダーであったことも「常識」となっている。勿論、どちらにも異を唱えるつもりは毛頭ない。

昨日呑みながら編集者のSさんとジャズ談義をしていて、この盤の話になった(酔っていたのでどんな話だったか忘れてしまった)。そんなわけで、もう棚にないし、時々は飛行機のオーディオプログラムでかかっていたりするし、久しぶりに聴きたいなあと思いながらブックオフに入ると、500円で売っていた。通して聴いたのは何年ぶりだろう。

それでも印象は変わらない。自分にとっての最大の魅力は、キャノンボールの笑うアルトサックスである。特にLPであればA面の2曲、「Autumn Leaves」と「Love for Sale」では、マイルスのかっちょ良い、痩せてスタイリッシュなミュートのソロなんかが示された後、バックのサム・ジョーンズ(ベース)もアート・ブレイキー(ドラムス)もそのつもりか、突然「笑い」にギアを切り替える。そしてキャノンボールの圧倒的な技術による腹の底から揺らすような笑いのサックスが来る。いやもう、最高である。同時期のマイルス・デイヴィス『Milestones』における「Straight, No Chaser」も同じようなノリで偏愛していたが、いまはやはり棚にない。

最終曲「Dancing in the Dark」だけ、マイルス抜きのワンホーンによる演奏だが、やはりこの冗談のような落差があってほしい。聴くのはもっぱら前半である。


金石出『East Wind』、『Final Say』

2011-05-01 22:09:15 | アヴァンギャルド・ジャズ

韓国の人間国宝、故・金石出(キム・ソクチュル)のリーダー作を2枚聴く。

■ 『East Wind』(nices、1993年)

金石出のソロ作品。ヴォイス、様々な打楽器、そして胡笛(ホジョク)という笛。

最初の2曲はそれぞれ20分前後の長い演奏だ。1曲目は声と打楽器、2曲目はシンバルのように厚みの薄い金属の打楽器だろうか、リズムが大雑把とも言えそうな勢いで柔軟に変化する。時々朝鮮語で何かを宣言し、途中から打楽器とともに歌いはじめる。3曲目も声と打楽器だが、これは和太鼓のような音色で力強い。4曲目の打楽器は銅鑼のような音で、途中で中音域の太鼓を交えて再び銅鑼に戻る。声は朗々として裏声も見せる。

そして5曲目、ついに胡笛が登場する。コントロールが大変難しい、ダブルリードの笛だというが、ここで金石出は空気をたっぷり入れて朗々と吹く。周囲はその音を反響し、ひたすら気持ち良い。

ところで、解説を担当している湯浅学が文章を書いた『定本 ディープ・コリア』(幻の名盤解放同盟、青林堂、1994年)を、音楽を聴きながら読んでいると、あまりのバカバカしさに脱力しつつ、しかし漲る力を持った音が攻めてきて、何とも言えない気分になった。何しろ絵は根本敬である。

■ 『Final Say』(Samsung Music、1997年)

おもに太平簫(テピョンソ)という笛(胡笛と同じ?)による他の音楽家とのセッション集。

1曲目は、李廷植(イ・ジョンシク)のテナーサックス、ヴォルフガング・ プシュニク梅津和時のアルトサックス、この3本のただならぬサックスの間を、まるで蛇のようにのたうつ。2曲目は、金石出は打楽器と笛とにより、プシュニクの吹くタロガト(ペーター・ブロッツマンも吹くクラリネットのような木管楽器)と絡む。即興だが、他の者のようなスキームを感じさせない。超然と哭くような雰囲気なのだ。彼岸が見える―――死に興味を持たない者にはつまらぬ演奏かもしれない。3曲目は、金属の打楽器4人の出す割れるような音と定間隔の低周波の響きの中を、笛が強くたゆたっていく。4曲目は、チャンゴという打楽器とのデュオである。これは和太鼓のような響きと端の固い箇所を叩く音がする。

そして白眉は最後の5曲目だ。何と金石出vs.金石出、多重録音である。絡みあっては、何度かの一瞬の静寂を置いてまた再開するスリリングさ。互いに摩擦するような絡み合いの音は、サイケデリックと言ってもいいほど奇妙にカラフルだ。2人の金石出がサックスと同様、唇を緩めて周波数を低くすると、終焉が見える。そして間もなくとんでもない演奏が終わる。

●参照
ユーラシアン・エコーズ、金石出
『人はなぜ歌い、人はなぜ奏でるのか』 金石出に出会う旅


『けーし風』読者の集い(13) 東アジアをむすぶ・つなぐ

2011-05-01 17:27:48 | 沖縄

『けーし風』第70号(2011.3、新沖縄フォーラム刊行会議)の読者会に参加した。参加者は6名。いつも顔を出していたMさん(千代田区で平和運動)が沖縄大学に入学されて不在、ちょっと寂しい気分である(この手記は今号にも掲載されている)。

テーマは沖縄と韓国・中国・台湾との交流。どうしても震災や原発の話ばかりで、なかなか沖縄の話に入っていかないが、こんな話題があった。

○「沖韓交流」がはじまった1997年ころ、意義を感じて応じていたのは、新崎盛暉氏などごく一部のみだった。また、韓国では、すでに金泳三、金大中ら軍閥以外の大統領による政権となっていたが、それでも、「反共」と見なされることは大変だった。
○沖縄、韓国ともに、お互いの地での報道がなされていないため、状況がわかりにくい。韓国においては、日本と沖縄が一体でないことが知られていない。現在に至るまで、情報共有の有力な手段はインターネットである。
○韓国では、「米国を誤らせた」などの沖縄から学べと言われることがある。一方、沖縄側はそれを過大評価だと捉えることがある。
敗戦まで酷い立場におかれた沖縄がなぜ日本復帰を選んだのか、韓国で不思議がられることがある。これは戦後の親日・親米政権の韓国と通底するものがあるのではないか。
○施政権返還に関しては、森口豁『沖縄の十八歳』(1966年)にも描かれたように、広い議論があったのではないか。
○沖縄の軍用地を本土の人間が離職に備えて買う事例が目立つ(「軍用地売ります」の看板があちこちにある)。入手すれば軍用地料が入る。
○日米閣僚級の「2+2」が5月、菅首相訪米が6月となりそうな動き。仲井眞・沖縄県知事が3月に訪米する動きがあったが、参加団体が大勢になりすぎたこともあり中止した。しかしまた企画される。
○仲井眞知事が、普天間の県内移設反対を唱えて当選したものの、辺野古の埋め立て許可を突然出す可能性がないとは言えない。背後には海砂の埋め立て業者が控えている。
普天間・辺野古反対の運動は、普天間のゲート前にシフトしつつある(風船をあげるなど)。さらに重大化すれば米軍は黙っていないだろう。
○米軍予算の縮小について、従来は米国議会がストップする構造だったが、最近では議会でも変化の兆しが見られている。
○「思いやり予算」削除の署名が、震災との関係もあり、はじまっている。
○米軍基地には国連旗が立てられている。これは錦の御旗に他ならない。

原発などについては、
保坂展人・世田谷区長は、原子力反対を鮮明にして当選した。田中良・杉並区長と「反・石原連合」を組む動きがある。
○沖縄に原発を誘致する数年前からの動きには、米軍が反対しているに違いない。最近奄美で地震があったり、かつて八重山で大津波による大災害の記録があったりと、沖縄だからといって天災がないとは限らない。
○日本共産党は「反原発」ではない。原子力の「平和利用」に限定している。
○見えにくいが、原発事業は何層にも下請けに出され、どんどん日当が安くなる構造がある。
原発安全神話は皇民化教育のようだ。以前に、「原発を安全だと書け」との教科書の検定意見が出されたことがある。
○韓国で元・従軍慰安婦の方々が震災の募金活動をしたが、ほとんど報道されていない。

大江・岩波裁判(「集団自決」)については、
○教科書は概ね4年サイクルで作られる。来年の高校教科書の検定において文科省の考えと流れが見えるかもしれない。

戻ってから、(あまり読む時間がなく読書会に出てしまったので)改めて目を通した。印象深い点は以下のようなものだ。特に魯迅の視点については新鮮に感じた。

○韓国の梅香里(メヒャンニ)(米軍射撃場)や平澤(ピョンテク)の大秋里(テチュリ)(米軍基地拡張に伴う土地強制収容)については、韓国でさえほとんど知られていなかった(知らされていなかった)。
○2002年、サッカーのワールドカップ中に起きた米軍による女子中学生轢殺事件が、韓国での大きなうねりとなり、盧武鉉を大統領にまで押し上げたのだと言える。
○「琉球新報」での東ドイツの旧ソ連基地や韓国の米軍基地に関する連載報道が、沖縄において、韓国の動向についての知識を広めた。韓国では日本の米軍基地問題がクローズアップされたのは2000年より後のこと。
韓国軍の指揮権はいまだ韓国大統領になく、在韓米軍司令官にある。かたや日韓軍事交流は続いている。ソウルの国連軍司令部の後方支援基地として、日本の7基地(横田、座間、横須賀、佐世保、ホワイトビーチ、嘉手納、普天間)が位置づけられている。国連の旗が基地に立てられているのもそのような文脈で捉えるべきもの。
○鳩山政権によって、曲がりなりにも沖縄の米軍基地について日本中に周知された。現在の政権の問題にばかり目を向けるより、今をチャンスだと捉えるべきでないか。
新崎盛暉『沖縄現代史』が中国語と韓国語に翻訳されたことが、両国との交流に大きく貢献している。
○その中で、沖縄の中に魯迅の抵抗の視点を見出すこと(自らの奴隷制を問いなおす)、中国での魯迅的視点による自国批判などがみられている。これは、岡本恵徳屋嘉比収がかつてから説いていたことでもある。

●参照
『けーし風』読者の集い(12) 県知事選挙をふりかえる
『けーし風』2010.9 元海兵隊員の言葉から考える
『けーし風』読者の集い(11) 国連勧告をめぐって
『けーし風』読者の集い(10) 名護市民の選択、県民大会
『けーし風』読者の集い(9) 新政権下で<抵抗>を考える
『けーし風』読者の集い(8) 辺野古・環境アセスはいま
『けーし風』2009.3 オバマ政権と沖縄
『けーし風』読者の集い(7) 戦争と軍隊を問う/環境破壊とたたかう人びと、読者の集い
『けーし風』2008.9 歴史を語る磁場
『けーし風』読者の集い(6) 沖縄の18歳、<当事者>のまなざし、依存型経済
『けーし風』2008.6 沖縄の18歳に伝えたいオキナワ
『けーし風』読者の集い(5) 米兵の存在、環境破壊
『けーし風』2008.3 米兵の存在、環境破壊
『けーし風』読者の集い(4) ここからすすめる民主主義
『けーし風』2007.12 ここからすすめる民主主義、佐喜真美術館
『けーし風』読者の集い(3) 沖縄戦特集
『けーし風』2007.9 沖縄戦教育特集
『けーし風』読者の集い(2) 沖縄がつながる
『けーし風』2007.6 特集・沖縄がつながる
『けーし風』読者の集い(1) 検証・SACO 10年の沖縄
『けーし風』2007.3 特集・検証・SACO 10年の沖縄
新崎盛暉『沖縄からの問い』
新崎盛暉氏の講演
森口カフェ 沖縄の十八歳
岡本恵徳批評集『「沖縄」に生きる思想』
岡本恵徳『「ヤポネシア論」の輪郭 島尾敏雄のまなざし』
屋嘉比収『<近代沖縄>の知識人 島袋全発の軌跡』
魯迅の家(1) 北京魯迅博物館
魯迅の家(2) 虎の尾
魯迅の家(3) 上海の晩年の家、魯迅紀念館、内山書店跡
魯迅グッズ
丸山昇『魯迅』
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井上ひさし『シャンハイムーン』 魯迅と内山書店
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