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 こんな孤独なゲームをしている私たちは本当に幸せなの?

『特集:グル・ダットの全貌』 100点

2012-04-15 19:07:04 | goo映画レビュー

特集:グル・ダットの全貌

-年/-

ネタバレ

‘ボリウッド’を超えて

総合★★★★★ 100

ストーリー ☆☆☆☆☆0点

キャスト ☆☆☆☆☆0点

演出 ☆☆☆☆☆0点

ビジュアル ☆☆☆☆☆0点

音楽 ☆☆☆☆☆0点

 ムンバイの旧称「ボンベイ」の頭文字である「ボ」と、「ハリウッド」の合成語である‘ボリウッド’と呼ばれる、世界一制作本数が多いはずのインド映画をほとんど観たことはなく、唯一比較的容易にDVDで観ることが出来るインド映画であるサタジット・レイ監督作品が、‘ボリウッド’作品と言ってしまっていいのかどうかは微妙であり、あくまでも大衆娯楽作品として撮られたはずのグル・ダット監督作品を正確に評価する十分な手立てを個人的には持ち合わせていないのであるが、とりあえず感想だけでも書き記しておきたい。
 必ず主人公たちが歌って踊るミュージカルシーンが‘ボリウッド’作品の特徴であり、もちろんグル・ダット監督作品にも挿入されており、実際、グル・ダット監督自らが主演で歌ったり踊ったりしてもいるのであるが、グル・ダット監督作品には様々な要素が取り入れられており、例えば『鷹』(1953年)の登場人物たちの顔へのアプローチや、『55年夫妻』(1955年)の新聞の輪転印刷機とアニータの顔の、あるいは『渇き』(1957年)のヴィジャイの詩集の輪転印刷機とグラーブの顔のオーバーラップや、『紙の花』(1959年)のスレーシュとシャーンティの‘幽体離脱’やグラスの‘ロンド’のシーンなどはロシアフォルマリズムやシュルレアリスムを彷彿とさせる演出であり、風による紙片や布の翻り、タバコの煙や霧、‘スポットライト’と共にミュージカルシーンはそのような多数の演出テクニックの、あくまでも一部でしかないように見え、同じフレーズが繰り返されるその歌詞でさえも歌の‘詞’というよりも‘詩’のように感じられ、例えば、デビュー作の『賭け』(1951年)では本人の気持ちを自ら歌っていただけだったが、『55年夫妻』あたりになると自ら歌う他に、本人のそばにいる、クラブやストリートのミュージシャンに代わりに歌わせたり、‘心内’で歌わせたりと、表現のバリエーションが増えている。
 グル・ダットはジョークを飛ばすことも忘れていない。主人公が、相手の女性が落としたハンカチを拾わされることはしょっちゅうだし、例えば、『55年夫妻』のラストで、主人公のプリーダムの後を追いかけるために飛行場に向かう際に、アニータと友人2人がタクシーに乗るのであるが、フロントガラスの正面の少し斜めから撮られているために、ブルーバックが使用されている背景がズレており明らかに運転している振りをしているだけだとわかるタクシーの運転手に何度も「急いで!」と言って急かせる場面などに破顔してしまう。白黒作品ではあってもアニータが‘青い瞳’の持ち主だとはどうしても見えない。
 グル・ダットは演出だけが傑出しているわけではない。『55年夫妻』では主人公のアニータの、鋭い眼鏡の叔母の、インド社会の実情を反映していない、西洋から学んだだけの‘ウーマンリブ’に対する強烈なアンチテーゼが描かれており〔『55年夫妻』を観た後では、『十四夜の月』(M・サディーク監督 1960年)はイスラム圏の女性の服装である‘ブルカ批判’のようにも見える〕、『渇き』では才能があるのに売れないために誰にも相手にされなかった詩人の主人公のヴィジャイの詩集が、売れた途端に周囲の態度が一変してしまう有様が皮肉を込めて描かれている。最後まで味方をしてくれた母親が突然亡くなり、詩人のヴィジャイの言葉は、最初はインドに対して嘆き、やがては世界に向かい、ついには社会のシステムそのものに及ぶ。ラストでは二束三文で兄たちに売り払われていた自分の詩集のファイルを最初に買ってくれたグラーブを連れてヴィジャイは見知らぬ土地に旅立つのであるが、そのような‘逃げ場’さえ見つからない、才能を失った映画監督が『紙の花』の主人公になる。『渇き』で扱われた‘構造主義’に『紙の花』において映画の撮影カメラそのものを映し出すことで‘ポストモダン’が取って代わる。
 『渇き』の冒頭で主人公の分身のように描かれていた蜜蜂が通りすがりの男によって踏み潰されてしまう。蜜という‘才能’を抱えすぎた詩人が社会の無理解に押しつぶされてしまうというその比喩は、『紙の花』のラストで、社会の‘苦汁’を舐めるくらいならばということで蜜蜂に‘紙の花の庭園’に向かわせ、追いかけてくるシャーンティを置き去りにして、ディレクターズチェアーに着席した後の映画監督のスレーシュの絶命にまで至ると同時にグル・ダット自身が監督業から撤退してしまう。
 デビュー作において「不運を幸運に変えなさい」と主人公のマダンに向かってレエナに歌わせた、映像作家としてのグル・ダットの‘賭け’が本人の予想を超えて困難なものだったことは、マダンの妹の主治医であるラジャニの父親が療養施設を営んでいる裕福な弁護士であり、同時にマダンの雇い主でもあるギャングのボスということで既に‘袋小路’であることが仄めかされているのであるが、「In Search of Guru Dutt」、「A Thirsty for Love」、「Lost of Love」という三部構成の『グル・ダットを探して』(ナスリーン・ムンニー・カビール監督 1989年)の関係者たちの証言からも理解できる。


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『絆坂』は何処に?

2012-04-15 01:16:20 | Weblog

幸子と騒動の前社長 新会社で再出発(日刊スポーツ) - goo ニュース

 どうやら小林幸子が6月6日に発売予定していた新曲は『絆坂』というタイトルらしいが、

個人事務所「幸子プロモーション」の社長と専務取締役を解任しておいて『絆坂』では

ギャグにしかならないだろう。面白いことに週刊文春と週刊新潮が今回の騒動を取り上げて

それぞれの立場で記事が書かれており、いちいちごもっともなのではあるが、どちらが

正しくても、騒動になってしまったこと自体が明らかに小林幸子にはそうとうなダメージとなる

はずで、何故ここまで揉める事態に至ってしまったのかはやはり小林の夫である林明男に

責任があり、彼の口車に乗ってしまった小林本人にあると思うが、今年の紅白が楽しみだ。


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