MASQUERADE(マスカレード)

 こんな孤独なゲームをしている私たちは本当に幸せなの?

『上意討ち -拝領妻始末-』 100点

2012-04-19 23:57:01 | goo映画レビュー

上意討ち -拝領妻始末-

1967年/日本

ネタバレ

武家社会の中の女性について

総合★★★★★ 100

ストーリー ☆☆☆☆☆0点

キャスト ☆☆☆☆☆0点

演出 ☆☆☆☆☆0点

ビジュアル ☆☆☆☆☆0点

音楽 ☆☆☆☆☆0点

 小林正樹監督が『怪談』(1965年)の次に取り組んだ『上意討ち 拝領妻始末』(1967年)のテーマは『切腹』(1962年)で扱ったテーマをさらに掘り下げるものだった。
 主人公の笹原伊三郎は武芸の達人であったが、時代は享保、天下泰平の中、彼の武術は名刀の試し切りに甘んじ、会津松平藩の馬廻りに勤しんでおり、その上、笹原家に婿養子として入っていたために妻のすがのご機嫌をうかがうような毎日を送っていた。この時点で既に『切腹』には見られなかった‘女性’の立場が描かれているのであるが、伊三郎の息子である与五郎の嫁のおいちを巡ってさらに‘女性’の微妙な立場が描かれることになる。
 後継ぎを作る道具としか見られない女性のおいちは、婚約者と別れさせられて藩命で主君松平正容の側室にされ、菊千代を生んだにも関わらず、その強気が嫌われて与五郎に託されたのであるが、正容の嫡子である正甫が急死した結果、菊千代が世継ぎとなったために藩主の母となったおいちを再び側室に返上するように命じられるのである。
 この理不尽さに我慢できなくなった笹原伊三郎は与五郎と共に謀反を試みるのであるが、最初に命を投げ出したのは武士ではなく、おいち本人だった。戦から遠ざかっていたために藩側も伊三郎側もお互いになかなか手を出せないまま、側室か与五郎かの選択を迫られたおいちはそばにいた武士の槍の刃で自死したのである。武士よりも武士らしいおいちの最期を見た周りにいた侍たちの動揺ぶりはそうとう酷く、ようやく戦い始めるのであるが、戦の経験が無い与五郎は呆気なく斬殺されてしまい、剣の達人である伊三郎が一人で敵方を始末してしまう。
 与五郎とおいちの娘であるとみを連れて伊三郎は藩の非道を訴えるために江戸に向かうのであるが、親友の浅野帯刀が待っていた。しかし帯刀は簡単に伊三郎に斬られてしまう。いくら武芸に長けていても天下泰平の中で強い人間は大義名分が立てられる者なのであるが、所詮多勢に無勢で、伊三郎は銃殺されてしまい、後に生き残ったのは娘のとみと乳母のきくの‘女性’たちである。そもそも女性が存在しなければ侍は存在しないのであるが、笹原伊三郎というよりも、自らのプロダクションの製作で彼を演じている三船敏郎がちゃんばらを生き生きと披露すればするほど、武芸の形骸化が強調されるのである。


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切腹という“本物”の特番

2012-04-19 17:23:50 | Weblog

紳助さん TV出られる人に戻りたい(日刊スポーツ) - goo ニュース

 2011年10月1日から東京都でも暴力団排除条例が施行されたことがきっかけで

それまで“黒い交際”が噂された芸能人の中でも「密接交際者」の洗い出しが行われた結果

まず最初に島田紳助が“追放”となり、その後も続々と、特に演歌歌手などが芸能界を去る

ような噂だけはあったのであるが、結局は島田紳助のみが芸能界から追われる身となった

理由は、島田紳助にはそれまでも女性や後輩に対する実際の暴力行為があったためで、

会見で「ウソを言っていたら、腹を切ります」と言って存在を否定した暴力団幹部との

ツーショット写真に関して「写真の件だけは僕のミスです。ホンマに記憶になかった」という

釈明は、腹を切ると言い放っておきながら写真を撮られた“記憶が無い”などと言える事は、

やはり政治家になるつもりなのかと疑われても仕方が無く、正確に言い換えるならば

写真が流出するとは思わなかったというだけだろうから、特番でテレビに出演するならば

その時はやはり約束通りに腹を切ってもらいたいと切に願うのである。


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