原題:『A Love Song for Bobby Long』
監督:シェイニー・ゲイブル
脚本:シェイニー・ゲイブル
撮影:エリオット・デイヴィス
出演:ジョン・トラボルタ/スカーレット・ヨハンソン/ガブリエル・マクト/デボラ・カーラ・アンガー
2004年/アメリカ
現在形と過去形の絶妙なニュアンスの違いについて
フロリダのパナマシティーでボーイフレンドとで暮らしていた主人公のパースリーン(パーシー)・ウィル は母親で歌手だったローレン・ウィルが亡くなったことを知り、急いで故郷のニューオーリンズに戻るものの、葬儀は既に前日に執り行われており、実家にはボビー・ロングとローソン・パインズという2人の男たちが住み着いていた。こんな2人とは一緒に住めないと思ったパーシーは母親の遺品が入ったカバンを持って家を出て行くのであるが、グレイハウンドの待合所でカバンの中から取り出したカーソン・マッカラーズの『心は孤独な狩人(The Heart is a Lonely Hunter)』を何気なく読み出したパーシーはすぐに夢中になって読みふけって徹夜して一気に読んでしまう。その本はボビーが母親にプレゼントしたものだと知ったパーシーは実家に戻ることにする。野暮ったく見えてもオーバーン大学の教授とボビーのアシスタントで作家志望のローソンはディラン・トーマス、ベンジャミン・フランクリン、アーサー・ミラー、ジョルジュ・サンド、モリエール、ロバート・ブラウニングやT.S.エリオットの言葉を引用しながら会話を弾ませている。18歳でありながら学校に行っていないパーシーに病院に勤めてみたいと打ち明けられたボビーはパーシーが復学できるように手続きを取る。
しかしパーシーと2人の関係はギクシャクしたままで、元彼の登場によりパーシーは実家を売りに出してしまうのであるが、母親の遺品を整理していた時に、パーシー宛の母親が書いた大量の手紙を見つけて、実はボビーが実の父親であることを知る。
改めてボビーと話し合ったパーシーは、自分には幼い頃に両親に語ってもらった‘歴史’が無いと吐露する。例えば、早口言葉が言えなかったことを可愛いと言ってくれるような何気ない‘歴史’が無く、自分自身で‘歴史’を語っていかなければならないほど悲しいことはなく、パーシーには偉人が語るような名言など必要とはしていなかったのである。
卒業パーティーでパーシーとボビーが一緒にシャッフルを踊る曲は、かつてローレンが2人を出会わせようとして主催した1998年3月15日のライブで披露する予定の曲だった「The Heart was a Lonely Hunter」である。もちろんカーソン・マッカラーズの著書のタイトルをもじったものである。原題の意味は「心は孤独なハンターです」という現在形であるが、曲のタイトルは「心は孤独なハンターだった」と過去形にすることで今は孤独では無いことを意味させ、3人での邂逅を心楽しみにしていた母親の気持ちが偲ばれ、同時にダンスしているパーシーとボビーの心情をも代弁させた「A Love Song for Bobby Long」である。
まるで冒頭でローレンの葬儀に向かうボビーの歩き方を真似るようにパーシーは歩いてボビーが眠る墓地へ向かう。ローレンの隣りで眠るボビーの墓碑には相変わらずロバート・フロストの言葉が引用され刻まれているのであるが、「I had a lover's quarrel with the world」という有名なフレーズは「僕は世間と痴話喧嘩をしていた」という意味で、ボビーは高尚な議論をしていたつもりはなく、「痴話喧嘩」というくだらなくも愛おしい言葉を語っていたとして、娘のパーシーの気持ちを忖度するのである。
本作の原作であるロナルド・イヴァレット・カップスの『Off Magazine Street』は未読であるが、よほど文学とポップソングの造詣が深くなければ書き得ない脚本が秀逸だと思う。しかし残念なことにシェイニー・ゲイブルはその後作品を撮っていないようである。