原題:『娼年』
監督:三浦大輔
脚本:三浦大輔
撮影:Jam Eh I
出演:松坂桃李/真飛聖/冨手麻妙/猪塚健太/桜井ユキ/小柳友/西岡徳馬/江波杏子
2017年/日本
「風景」の重要性について
ようするに『のみとり侍』(鶴橋康夫監督 2018年)の現代版である。主人公で20歳の大学生の森中領がバイトをしているバーで知り合った御堂静香に誘われて彼女がオーナーを務めている秘密の会員制クラブ『クラブ・パッション(Le Club Passion)』で娼夫として働くことになる。
最初に印象的なシーンについて書いておきたい。領の部屋にはプラトンの『パイドロス』がある。その後、仕事で眼鏡をかけたキャリアウーマンであるイツキという女性とレストランで会食している時に、再び『パイドロス』の話題になる。まずは『パイドロス』から引用してみる。
「ソクラテス:ここから横にまがって、イリソス川にそって行こうではないか。そこから、どこかいい場所があったら、腰をおろして静かにやすむことにしよう。
パイドロス:私は履きものをはいてこなくて、どうやら、ちょうどよかったようです。あなたのほうはむろん、いつものことですからね。これだと、私たちがこのせせらぎにそって足を濡らしながら行くのはいともたやすいことですし、それに、まんざら悪くはありませんよ。とりわけ、この季節のこんな時刻にはーーー。
ソクラテス:それでは、さあ案内してくれたまえ。そして歩きながら、腰をおろす場所をさがしてくれたまえ。
パイドロス:ほらあそこに、ひときわ背の高いプラタナスの樹が見えますね。
ソクラテス:うむ、見えるとも。
パイドロス:あそこには日陰もあり、風もほどよく吹いています。それに、草が生えていて坐ることもできるし、あるいはなんでしたら、寝ころぶこともできます。
ソクラテス:では、そこへ連れて行ってもらおうか。」(『パイドロス』プラトン著 藤沢令夫訳 岩波文庫 p.13-14)
「ソクラテス:......それにまた、ここを吹いているよい風はどうだ。なんとうれしい、気持のよいそよぎではないか。それが蝉たちのうた声にこだまして、夏らしく、するどく、ひびきわたっている。......」(p.17)
何と二人は『パイドロス』のメインテーマである「恋(エロース)」ではなく、上に引用したような自然の描写に関する会話で盛り上がるのである。『パイドロス』に関してこんな薄っぺらい感想を初めて聞いたように思う。だからストーリーも領のマザコンがテーマになっているのだが、「御座なり感」が拭えない(念のために付け加えておくならば原作はプラトンを好きな理由を丁寧に説明している。集英社文庫 p.110)。
しかし作品自体は悪くはない。本作はかつての日活のロマンポルノのエッセンスを上手く取り入れていると思う。つまり名シーンを組み合わせたような作風で、「尿」や「精液」や「潮」の吹き出し方が多少オーバーにも見えるのだが、これも日活ロマンポルノの「伝統」だったと思う。できればかつて『純』(横山博人監督 1980年)で新幹線内で青年を強姦する女性を演じた江波杏子にもう少し頑張ってもらいたかった気がしないでもない。