(一瞬の静寂@住吉鳥居前電停)
賑やかな住吉界隈、休日の午後。クルマや人波が一瞬途切れた静寂、我孫子道から返して来たモ161が住吉鳥居前の電停にやって来た。住吉さんの森の緑も鮮やかな季節、深い緑のボディが黄色味を帯びた若葉と良いコントラスト。遠目からでも分かる車内の混雑に、この古典車両の人気の高さが伺い知れるのであります。
大きな一灯ライトを輝かせてやって来た天王寺駅前行き、住吉電停からモ161に乗り込む。味のしみた板張りの床。勿論、デビューしてから何回も何回も張り替えられてはいるのでしょうけど、脂が染み込んだしっとりとした風合いに、人の流れや移ろいが入り混じったような小傷がたくさん。90余年の車歴の中で、どれほどの人を運んだか分かりませんが、皐月の風吹き抜ける車内で、私もその悠久の歴史の中の一人になりました。
ニス塗りの車内、多少のテカテカ感も昭和レトロ。コロナ禍以降に付けられたビニールの仕切りが無粋なことこの上ありませんが、運転室の背板と屋根を繋ぐ部分に施された金属の意匠は、この時期の電車に特有の装飾で、ことでんのレトロ車両なんかにも同様の装飾があったのを思い出します。
電停ごと、天王寺方面へ向かう乗客が乗り込んで来る阪堺電車。木製のドアの向こうに、帝塚山の街並みと暮らしがあります。帝塚山は、大阪の中でも割と高級住宅街と言われている地区なのだとか。阪堺電車の沿線と言われると、それこそ上町線の今池やら北天下茶屋やらの「大阪のコッテコテな濃いトコ」ばかりが注目されますけど、阿倍野の南に広がるこの辺りは静かな区割りの大きな街並みと、ちょっと小洒落たカフェや雑貨屋さんが並んでいます。
天王寺の手前、松虫の電停で下車。ここで折り返して来るモ161を待つ算段。この辺りは帝塚山の高級感ではなく、いわゆる「ミナミの路地裏」っぽさが色濃い。阿倍野のはずれにあるこの電停の名前は、どうしても童謡「むしのこえ」を思い出してしまう。あれ松虫が鳴いている、チンチロチンチロチンチロリンってヤツね。この松虫の地名の由来は、謡曲「松虫」の中に出てくるワンシーン、阿倍野と呼ばれた寂しい草原で、酒を酌み交わす中で亡くなった旧友を偲び詠まれた「秋の野に人まつ虫の声すなり」という和歌から来ているそうですが。
天王寺のシンボル、超高層ビルとなった「あべのハルカス」をバックに折り返して来るモ161。今の阿倍野の姿を見ると、「秋風吹き松虫の鳴く寂しい草原」を思い起こすことはなかなか難しいかもしれない。夜などに撮影すれば、後ろのハルカスに窓の灯りが付いてまた違ったイメージの写真になるであろうか。
煌びやかな超高層ビルの下で、いつも通り地に足を付けたミナミの暮らしがある。長屋風にせせこましく続いた路地、2階のベランダに無理やり付けたような室外機の連なりにも何とも下町っぽさがあるような。これで「てっちり」の赤ちょうちんに灯が入れば完璧なんだけど、その時間まではなかなか居れそうもないのがちょっと残念ですね。