ネタが無いときに使う手段=今回は過去の栄光その3なのだ。
この魚
は現在の自己記録になる、口太グレの53cmだ。釣ったのは今から約5年前の2003年10月の後半、旧釣りサンデーから出版していた頃の「磯釣りスペシャル」の取材中だった。場所は愛媛県の宇和島市からニュ~ッと突き出た三浦半島にある蒋淵(こもぶち)というところから出船する、黒島2番のシモリという磯だ。
この日は小潮であまり動かず苦戦していたが、急にイズスミが掛かりだしたのをキッカケに、好転し始めた。何度かコッパグレを釣った、その後にドロ~ンとウキが入って行くのを合わせた後にコイツが掛かったのだが、その衝撃は今でも忘れられない。
この後も47cmを釣って意気揚々と引き上げ、「今回の磯スペも大成功!!」と西宮へと帰る途中にかける、当時釣りサンデーの担当スタッフだった、ホソダさんへの電話も自慢タラタラの様子だったに違いない。
が、しかしである。幸運もココまでだった。しばらく経ったある日、釣りサンデーが週刊誌や別冊(磯釣りスペシャル等)を含むその全てを廃刊するとの知らせが…。それは後ろから棒で殴られたような衝撃だった。
で、ボツになる寸前に、せっかく釣った魚が勿体ないと、ホソダさんの計らいで実現したのが、旧釣りサンデーの最終号
への転載なのであった。それは私が雑誌の表紙を飾った最初で最後の瞬間(?)でもあった。
オモシロかった(当時のスタッフの方には申し訳ないけど…。)のは、当時釣りサンデーの廃刊は関西一円でも衝撃的だったことから、各ニュースでも採り上げられ、その度にアナウンサーやコメンテーターが私の写真が載った表紙を見せながら話をしていたことだった。
今はもう思い出話の一つになってしまったが、当時写真ページの担当というか、チーフカメラマンというべきか?だったホソダさんは、見事に「磯釣りスペシャル」と「ちぬ倶楽部」を復活させ、フッシング・ブレーンのボス・ホソダ(つまりは社長さんね。)として活躍されているのをご存じの方も多いことだろう。まぁ、この口太グレはいろんな意味で思い出深い魚なのである。
この魚
は現在の自己記録になる、口太グレの53cmだ。釣ったのは今から約5年前の2003年10月の後半、旧釣りサンデーから出版していた頃の「磯釣りスペシャル」の取材中だった。場所は愛媛県の宇和島市からニュ~ッと突き出た三浦半島にある蒋淵(こもぶち)というところから出船する、黒島2番のシモリという磯だ。
この日は小潮であまり動かず苦戦していたが、急にイズスミが掛かりだしたのをキッカケに、好転し始めた。何度かコッパグレを釣った、その後にドロ~ンとウキが入って行くのを合わせた後にコイツが掛かったのだが、その衝撃は今でも忘れられない。
この後も47cmを釣って意気揚々と引き上げ、「今回の磯スペも大成功!!」と西宮へと帰る途中にかける、当時釣りサンデーの担当スタッフだった、ホソダさんへの電話も自慢タラタラの様子だったに違いない。
が、しかしである。幸運もココまでだった。しばらく経ったある日、釣りサンデーが週刊誌や別冊(磯釣りスペシャル等)を含むその全てを廃刊するとの知らせが…。それは後ろから棒で殴られたような衝撃だった。
で、ボツになる寸前に、せっかく釣った魚が勿体ないと、ホソダさんの計らいで実現したのが、旧釣りサンデーの最終号
への転載なのであった。それは私が雑誌の表紙を飾った最初で最後の瞬間(?)でもあった。
オモシロかった(当時のスタッフの方には申し訳ないけど…。)のは、当時釣りサンデーの廃刊は関西一円でも衝撃的だったことから、各ニュースでも採り上げられ、その度にアナウンサーやコメンテーターが私の写真が載った表紙を見せながら話をしていたことだった。
今はもう思い出話の一つになってしまったが、当時写真ページの担当というか、チーフカメラマンというべきか?だったホソダさんは、見事に「磯釣りスペシャル」と「ちぬ倶楽部」を復活させ、フッシング・ブレーンのボス・ホソダ(つまりは社長さんね。)として活躍されているのをご存じの方も多いことだろう。まぁ、この口太グレはいろんな意味で思い出深い魚なのである。