中島ブラザーズ ”弟”の「外で遊ぼう!」

近頃は日本海で、ヒラマサを追ってばかり。よって磯釣りや渓流釣りは休止状態ですが…。

歴史は繰り返す

2009-08-01 10:58:28 | その他
 先週末は渓流へ向かう予定だった。釣りをしない人には理解が出来ないことかも知れないが、渓流釣りの場合、雨はウレシイ状況だ。だから喜んで釣り場に向かいたい。しかしながら何日も降り続いたり、一挙にドバッと降る雨は大濁りと大増水を引き起こし、釣り辛くなるばかりか危険でもある。そして今回も前日の大雨の前にまたもや二の足を踏んだ次第である。どこか探せば釣りができる川があったかも知れないが、何とも「根性無し」なワタシは早々と諦めてしまった。だから、またもやインドアな話だ。


 「歴史は繰り返す」とはよく使われる言葉だ。度重なる戦争史や、謀略史の数々。それぞれ時代は変わっても紐解けば同じパターンを繰り返していたということはよくあることだ。

 近頃、ゲームソフトや大河ドラマの影響で歴史上の人物=特に戦国時代の武将をヒーロー視して心酔するマニアが増えていると聞くが、何を隠そう、このワタシも実は日本史マニアなのである。
 今を去ること15年以上の昔、学研から出版されている「歴史群像」という雑誌との出会いがキッカケだったが、「興味を持つとトコトンまで」という性格が災い?して、以後、歴史雑誌や歴史小説を読みあさっていた時期があった。その結果、歴史オタク化してしまい、例えば「豊臣秀吉の配下武将の小西行長ってどんな人?」や「織田信長の配下武将の荒木村重ってどんな人?」と聞かれれば今でもスッと答えられる。モチロン今大河ドラマでとりあげられている「直江兼続さん」だってよく存じ上げて(?)いる。だから「頭デッカチ度?」は結構高いので「現代の日本史マニア(オタク?)」の人達と話をしても対等に話せるだろう。
 とは言うものの、好きな時代(=ワタシにとっては謎を解きたい時代)に限ってという注釈があって「戦国期」「幕末~日露戦争」「昭和初期~終戦まで」といったあたりがその範囲で、ソレ以外は全く興味が無く、ほとんど知らない、というか無知と言っても差し支えない。

 今でも何かのタイミングで急に「歴史小説が読みたい」という衝動が湧いてくることがあり、それは周期があって何年かに一度はやって来る。そして今回も一月ほど前にソレはやってきた。しかし今回はいつもの時代から離れて他の時代のモノを読んでみたくなってアレコレと物色し始めたのだが、そんな時にフと浮かんだのが、太平記の時代であった。

 太平記の中心人物である足利尊氏(あしかが たかうじ)に関しては1冊の本しか読んだことがなく「後醍醐天皇(ごだいごてんのう)の朝臣(あそん)である楠木正成を打ち破った後、幕府を開いた。」であるとか「大正年間、天皇絶対主義へと向かう中『足利尊氏は逆賊か』と大まじめに国会での大論争があった」程度しか知識がなかったから、根っからの「知りたがり」であるワタシの興味は尽きない。
 本来の太平記は北条家の衰退~二代将軍足利義詮(あしかが よしあきら)が亡くなるあたりまでの約50年間を描いた長編作品だ。現在では原本そのものを現代訳したものから、著者独自の解釈によって一部を抜き出したものまで様々な種類がある。こういう場合はオーソドックスなモノを読むのが一番なので、現代版では代表格の「吉川英治著・私本太平記」を取り寄せて早速読み始めたのであった。

                      

 読めば解るが、何しろ足利尊氏の人生は、まさしく逆転、また逆転の人生?だ。
 一般に人気のある戦国時代後期の武将の場合は天下統一に至る者を頂点として、それ以下の者の人生は右肩上がりであっても、ある程度=自分の器の範囲まで達した後に頭打ちになって人生を終えるか、逆に殿様の怒りをかった場合や、戦いに敗北した場合、あるいは謀反に遭った場合であれば、領地の没収や減俸、もしくは追放されるか、あるいは死ぬかで、少ない例外を除けばその後に浮かび上がることは無い。だが、足利尊氏の場合は違う。後醍醐天皇の下、一時は全国の武士何万人に号令をかける立場だったのが政争や戦いに敗北し、その結果、付き添う者が近臣500人程度までに減った末、九州まで「都落ち」してしまうのだが、そこから不撓不屈の精神で盛り返し、やがては征夷大将軍(=将軍)という武士の頂点に立ち、幕府を開くまでに至った人生だ。(この説明で解るのかな?)
 そんな波瀾万丈の人生展開に加えて小説中の仇?敵?ライバル?役の後醍醐天皇と新田義貞(にった よしさだ)&楠木正成(くすのき まさしげ)、そして脇役の佐々木道誉(ささき どうよ)や弟の足利直義(あしかが ただよし)等のキャラクターの描写もオモシロく、あっという間の8巻であった。


 本のあらすじは

 それまで約130年という長きにわたってこの国を支配してきた執権北条家(しっけん ほうじょうけ)は、内部腐敗を起こしたり、下級武士や民衆の気持ちを顧みない施政の結果、多方面からの信頼をなくして力を失いつつあった。なのに北条家は北条高時(ほうじょう たかとき)という根っからのボンボン執権をたてて、反対勢力の動きを、ある時はアノ手コノ手を使って力で封じ、ある時はノラリクラリとをかわしつつ、なんとか権力にしがみついていた。
 ソコに立ち上がるのが後醍醐天皇だ。結果、天皇は足利尊氏らと手を結んで北条家を倒すのだが、その後の日本を治める天皇親政の政治=建武の新政は政治的実務に無知な者が多く、政権担当能力がないうえ、財政再建の為に大盤振る舞い気味に発行した紙幣には裏付けがなく、インフレを引き起こす。さらに、ここでも内部腐敗が早くも始まっていた。そこで今度は不満武士の代表として足利尊氏が立ち上がるのだが…。

 といった感じだ。

 読み終えて、フと気付いたことがあった。コレを現代の政局に置き換えてみると「北条家って今の○○党みたい」と思えてくるのだ。
 今度の選挙では政権交代の実現が予想されているというが、その後の担い手であろうと言われている別の党には、我々国民を今までとは違う「本当の民主主義」の方向に導いて欲しい。しかし冒頭にも書いたような「歴史は繰り返す」が本当なら、次代の施政は後醍醐天皇の「建武の新政」のようになってしまうのだ。これでは我々にとっての「本当の民主主義」がやって来る日がまた遠退いてしまうことになるだろう。もしそうなってしまった場合は、やはりその先には政界再編という波が訪れるのだろうか…。だとすれば足利尊氏にあたるのは誰なのか?…。そんな目で見ると更にオモシロい「私本 太平記」なのであった。
コメント
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