都月満夫の絵手紙ひろば💖一語一絵💖
都月満夫の短編小説集
「出雲の神様の縁結び」
「ケンちゃんが惚れた女」
「惚れた女が死んだ夜」
「羆撃ち(くまうち)・私の爺さんの話」
「郭公の家」
「クラスメイト」
「白い女」
「逢縁機縁」
「人殺し」
「春の大雪」
「人魚を食った女」
「叫夢 -SCREAM-」
「ヤメ検弁護士」
「十八年目の恋」
「特別失踪者殺人事件」(退屈刑事2)
「ママは外国人」
「タクシーで…」(ドーナツ屋3)
「寿司屋で…」(ドーナツ屋2)
「退屈刑事(たいくつでか)」
「愛が牙を剥く」
「恋愛詐欺師」
「ドーナツ屋で…」>
「桜の木」
「潤子のパンツ」
「出産請負会社」
「闇の中」
「桜・咲爛(さくら・さくらん)」
「しあわせと云う名の猫」
「蜃気楼の時計」
「鰯雲が流れる午後」
「イヴが微笑んだ日」
「桜の花が咲いた夜」
「紅葉のように燃えた夜」
「草原の対決」【児童】
「おとうさんのただいま」【児童】
「七夕・隣の客」(第一部)
「七夕・隣の客」(第二部)
「桜の花が散った夜」
成人式の由来は男子が成人となった証として行っていた日本古来の儀式「元服(げんぷく)」といわれています。また、現在のような成人式は終戦後の1946年(昭和21年)に青年達に明るい希望を持たせてやりたいと「成年式」が行われたのが始まりともいわれています。
「成人の日」は、1948年(昭和23年)に「1月15日は、おとなになったことを自覚し、自ら生き抜こうとする青年を祝い励ます日」と法律で定められました。
成人を祝う風習は古くから存在していました。男子は、髪を結い冠または烏帽子をつけ、服装を改め成人したことを周囲に示しました。また、「幼名」から「烏帽子名(えぼしな)」に改名する風習も盛んでした。これを「元服(げんぷく)」・「烏帽子(えぼし)式」といいました。
えぼし‐な【烏帽子名】
男子が元服のとき、幼名を改めて、烏帽子親の名前から1字をもらってつける名。元服名。
大辞泉
女子の場合は「裳(も)」という腰から下にまとう衣服を身に付ける「裳着(もぎ)」、髪を結い上げる「髪上(かみあげ)」、歯を黒く染める「鉄漿(かね)付け(お歯黒付け)」を成人の儀礼としました。
一方貴族のように位の高い人々だけではなく、各地の村々でも村人たちが定めた成人の儀式が行われていました。しかしそれは、現在のようにある一定の年齢(20歳)を越えれば成人といった年齢基準ではなかったようです。
例えば「1日に16貫(60kg)の柴を刈って3里(12km)売り歩くことができたら一人前の男である」など、年齢に関係なくその行為が出来れば成人として認めるといったものでした。
現代のように、体は大人でも中身が子どもでは一人前とは扱われなかったのです。
これらの儀式は成年式・成女式などと呼ばれていましたが、明治以降一部の地域を除き、衰退してゆきました。
明治以降になると、男子は兵役につく義務を課せられました。兵役につくためには徴兵検査を受ける必要があり、この徴兵検査が成人式の意味をもち、成人式制定のきっかけとなりました。戦後、兵役の義務がなくなり、1948年の「国民の祝日に関する法律」によって「成人の日」は正式な祝日と定められました。
しかしおめでたい事とはいえ、何故成人の日を祝日にしたのでしょうか。一説によると、戦後物資も食料も足りない時代で一番求められたのは「人材」でした。良い「国家」を作っていくためには、国民自身が成長していかなくてはならないと考えた当時の役人たちは、「こどもから大人になった自覚を持ってほしい」と願ってこの日を祝日にしたそうです。このように成人の日に込められた先人の思いを知ったなら、馬鹿騒ぎをすることなど出来ないはずです。
現在は、2000年に制定された「ハッピーマンデー法」に基づき「1月の第2月曜日」に改正されています。全国で地域ごとに差はあるものの、毎年1月の上旬から中旬にかけて成人式が行われています。特に成人の日に行うところは少数派になってしまいました。
「ハッピーマンデー法」という訳のわからない法律により、祝日が祝日であるべき歴史のある日付が失われました。これにより、祝日は単なる休日になったのです。
かつては、家族そろって元日になると皆が年齢を1つ重ねました。これを数え年といいます。
新年と元日に15歳の男子が、13歳の女子の成人を祝うのですが、旧暦の元日は新月の闇なので、「望月(満月)の15日」に成人を祝ったのです。これが、成人の日の起源です。15日ではならない理由があったのです。
したっけ。